ブログ

2018年1月アーカイブ

習慣について(5) 選択

                                  隠岐養護学校長 赤山克司

「挨拶 手の幅 後始末」の三つの習慣が身に付くよう繰り返し話しかけている理由を書いてきました。

 これまでの教員生活で、活動の目標を決めようとする時、焦点化しようと提案すると、これもあるのではないかという意見が多くの場合だされていたように思います。 確かに「それは大事ですね」という意見でしたので、やめておきましょうともいいにくく、結局毎年変わらない内容に落ち着いてしまいがちでした。

 学校には、様々な期待がかけられています。教員自身も、よい学校に、生徒にしようとがんばっています。 文書には、様々なものを盛り込むことができますし、盛り込んだ方が批判がされにくい。よくないことですが、仕事をした感じが得られやすいこともあります。

 しかしながら、習慣という観点で考えれば、時間がかかることなのだから、なにもかもできないと割り切る必要があることは明確だと思います。つまり選択・集中するという決心が必要だということです。

 挨拶ができるようになった。できるようになったことを生徒・教員が自覚できると、うれしさとともに、お互いの自信が生まれます。自信は次の活動の意欲となり、また新たな習慣を身につける土台となります。 選択して集中することが、多様性を身につける土台となる。これが、三つに絞った理由です。

 さて、キャリア教育、道徳教育様々な○○教育があります。私は、特別支援教育がめざす「自立と社会参加の実現」という頂にいたる、別々の登山道のように受け止めています。 社会で人と関わりながら、生活していく上で必要なことは何か。そのようにとらえると、「挨拶」はキャリア教育、道徳教育両方において重要な身につけるべき技能と考えることができます。

 大切なのは「自立と社会参加」が目標だという位置づけであり、教員全員で取り組める選択・集中だと考えています。

 次回は、習慣のもつ力について記していきます。

習慣について(4) 後始末

                                    隠岐養護学校長 赤山克司

 「挨拶 手の幅 後始末」を身につけてほしいと生徒に繰り返し伝えています。今回は後始末について書いていきます。  

 後始末には、身の回りの片づけ、掃除も含まれているのですが、何かをやった後、次の活動の準備が始まっているということをわかり、身につけてもらいたいと願って加えたものです。 なぜなら、卒業後、就労すれば毎日同じ活動を繰り返していく必要があり、混乱なく過ごしために不可欠なことが後始末であるからです。  

 日々の活動がうまくいかない理由は人様々でしょうが、よく聞くのが「やる気がでない」というもののように思います。脳科学者池谷祐二さんの本を読むと、「行動すると意欲がでる」とかかれています。やる気を出すためには行動する必要があるのですが、行動するやる気がでないのでますますやる気にならない。悪循環ですね。  

 日々、すぐに活動できるように工夫することは、行動を起こし、やる気を引き起こすための基盤づくりになると私は考えます。  

 使い終わった道具をいつもの場所に返し、掃除をしてすぐ活動できるようにする。つまり後始末が、継続的な活動実現の鍵になると思います。  

 多動で、興味あるものにすぐ飛びついてしまう傾向の生徒が本校にもいます。後始末が苦手です。片づけができない、掃除ができないではなく、やり方がわからないだけだと考え、やり方が定着するよう取り組んでいます。 たとえば用具の置き場がわかるように掲示をして混乱しないようにしたり、床に線を引いて掃除の手順を明確にしたりなどです。  

 学校の間に、後始末を習慣にして、職場に適応してもらいたいものだと思います。  

 次回は、習慣を三つにしぼった理由を記していきます。  

習慣について3 手の幅

                                    隠岐養護学校長 赤山克司
 「挨拶 手の幅 後始末」の「手の幅」とは、人との間隔を示しています。
 

 本校には、必要以上に人に近づいたり、逆に遠ざかったりする傾向をみせる生徒がいます。
 

 人との間隔の近い、遠いはその人どおしの親疎を現していると考えられ、近づくことは、相手に対する親愛の情を示す場合もありますし、逆に相手に緊張を与えようとする威圧的な行いとも受け止められ場合もあります。
 

 人に必要以上に近づくことは、自分の思いに関わりなく、相手が「自分に対して好意をもってくれている」であるとか「自分をおどしている」と受け止められる怖さがあるわけです。
 では、どうしたら、生徒が日々適切な間隔で人と対するようにできるのだろうか。そう考えたとき、でてきたのが「手の幅」という表現でした。
 

 経験的に「手の幅」より近いところに人が近づくと、なんだか怖いという感じを持っていたからですが、手の幅の話を生徒にする前に、何人かの生徒に、どこまで近づくと怖いと思うかと試したところ、おおむね手の幅の距離が、怖いの分かれ目でしたので、これにしょうと考えたところです。
 

 心理学の根拠にもとづかないものですが、大切なのは、人との間隔は、人間関係を円滑に保つための重要なポイントであるということがわかり、実践できるようにすることだとの理由で、「えいや」のきもちで三つに加えました。
 

 3学期になって、教員と生徒、生徒どうしの緊張も解け、ともすれば間隔が近いなぁと感じる場面もみられます。緊張が解けたと受け取ればよい光景と考えることができるかもしれません。しかし、卒業後を考えると、見過ごすことは生徒にとっての課題の先送りだと考えます。よい関係を維持するためにも「手の幅」が自然にとれるよう「挨拶 手の幅 後始末」と唱えていきます。
 

 次回は「後始末」について記していきます。

習慣について2 あいさつ

 習慣にして欲しいことは数多くあります。「あれもある。これもある」では、伝わりにくいので、三つに絞りました。「挨拶、手の幅、後始末」というものです。

 文部科学省のキャンペーン「早寝 早起き 朝ご飯」をまね、口癖になってもらったらいいなとも考えています。
 

 さて、この三つに絞ったのは、対人関係をよくするために必要不可欠な技能であると私が考えているからです。
 挨拶は、する気になればすぐにできることと考えられる方もおられると思いますが、いろいろな理由で、受け身の生活を続けてきた子どもの場合、自分から「おはようございます」という言葉を発することは、思いの外難しいものだと、これまでの養護学校での経験で痛感しています。挨拶を「しない」のではなく「できない」のだと受け止めています。
 

 「できる」ようにするためには、日々の繰り返しによるしかありません。教員からきちんと挨拶する。挨拶をするきっかけを辛抱強く作っていくことです。きちんと生徒から挨拶があったら、「気持ちいいね」と返す。そんな繰り返しが毎日行われています。挨拶をして当然という状態、つまり習慣にするための取り組みです。
 

 対人関係をよくするためには、受け身ではなく、自分から関わりを作っていく方がよい考えます。挨拶は、自分から関わっていく最も効果的な技能です。

  隠岐養護学校高等部では各学期2週間ずつの現場実習を実施しています。1月22日から始まる三学期の現場実習の事前学習の際、生徒は挨拶を目標にあげていませんでした。一学期には私も挨拶を強調しましたし、多くの生徒も目標に上げていましたので、生徒は実習先での挨拶という壁をなんとか乗り越えたようです。
 

 次回は「挨拶 手の幅 後始末」の「手の幅」について記していきます

習慣について(1)

習慣について(1)                            

隠岐養護学校 赤山克司

 本年もよろしくお願いいたします。

 児童生徒に、機会をとらえて語り掛けている「習慣」について、しばらく記していきます。    

 私が「習慣」の大切さに気付いたのは、スティーブン・R・コヴィー著「七つの習慣」の中にあった「人は繰り返し行うことの集大成である。だから優秀さとは習慣である」という一節に触れてからでした。

 隠岐養護学校で学ぶ児童生徒にとって、毎日の繰り返しにより行動がかわっていくことはとても大切なことだと考えて、平成29年4月の入学式式辞でつぎのように話をしました。

以下 式辞の引用

 入学式にあたり、学ぶことについて、話をします。 学ぶとは、何かを知っているということにとどまらず、行いが変わるということです。 行いが変わるためには、日々の積み重ねが大切です。繰り返しにより、身に付いた行動を習慣といいます。 隠岐養護学校では、みなさんによい習慣が身に付くよう毎日取り組んでいます。 よい習慣を学校で身につけるために、二つ大切なことがあります。 毎日学校に来ましょう。そして、初めてのことをおそれず、やってみましょう。

 次回はどのような習慣が身につくよう取り組んでいるのかについて書いていきます。

2018年7月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

カテゴリ