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進路研修会2 メッキがはがれた時のよりどころ

隠岐養護学校長

赤山克司

 進路研修会では、「学校時代にできたけど、社会でできないこと」逆に「学校時代にできなかったけど、、社会でできること」の両方があり、それをどう捉えるかという問題提起がありました。

 学校では生徒に向かって「学校でできないことは、社会でもできない」という立ち位置で臨み、学校でできるだけ多くのことができるようにしたいと考えます。

 しかし、気持ちが切り替えられたり、社会で力を発揮できる素地があれば、「できなかったことが、できる」こともある。その事実をもとに平崎さんが言われたのは、

 学校でしかできないこと、社会人では経験できないことをしっかり積み重ねる大切だということでした。具体的には、学校行事を楽しむことや、個別学習を深めること、生徒を丸ごと理解し受け止める人間関係等などです。

 学校でしかできないことをしっかり楽しむことで、生徒自身が「自分の好きなこと、得意なこと、強み」に気づき、社会で困ったなという状況を切り開くときに役立つ。そのように説明は続きました。

 平崎さんは、高等部3年間でつけた力は「メッキ」かもしれず、はがれた時にどう対応するかを想定しておくことが大切で、対処する際には、自分ができることできないことを正確に知っておくことが有効になると言われました。

 学校で「自分ができること、できないこと」をどのように意識させているのでしょうか。平崎さんも言っておられましたが、学校ではどうしても「できないこと」に目が向けられがちです。「できること」言い換えれば、「好きなこと、得意なこと、強み」を果たして、生徒自身が把握できるような学習活動なり、言葉がけが行われているかという内省が必要となる部分でした。

 現在隠岐養護学校では、児童生徒が行事の運営を率先して担っている印象があります。この行事で自分の役割は何であり、どうしたらその役割を果たすことができるのかを考える機会が比較的多くあります。ぞれぞれの役割をどう果たすのかを考えることは、言葉を換えると「どういう自分になりたいのか」を考えることにつながるはずです。

 進路研修会は、本校での活動を見直す視点と、背中を押してもらえた部分の両面を与えていただきました。「強み」に着目した学習評価の視点をどう定着させていくか、試行錯誤していきたいと思います。

進路研修会1 なかぽつ(・)センター

隠岐養護学校長

赤山克司

  8月2日 本校において進路研修会を開催しました。

 講師は「松江障害者就業・生活支援センターぷらす」の主任就業支援ワーカー平崎由加さんにお願いいたしました。

 講演のテーマは「働くことや生活をするために必要な力と段階の応じた支援」。

 本校の保護者や小学校、高校、教育委員会からの参加者もありました。

 高等部を卒業した後、生活や就職はどうになるのだろうかという疑問や不安、就業した先輩の状況からみて学校時代にどのような力をつけておけばいいのかという問題意識をもっての参加であったろうと推測しています。

 平崎さんは、25年間特別支援学校に勤められ、高等部で進路指導を主に担当されていました。ですので、学校での取組と、卒業後の勤務先での状況、その両方を知っておられ、説得をもってテーマに迫って行かれました。

 講演は、まず平崎さんの勤務先「松江障害者就業・生活支援センター」の説明から始められました。

「就業・生活支援センター」(通称 なかぽつセンター)とは、障害者雇用促進法にもとづけ、就業と生活両面の相談支援を実施する組織で、都道府県知事により指定されていることを説明されました。

 ちなみに島根県には、7つの「なかぽつセンター」が設置されており、隠岐地域には、「社会福祉法人わかば」を母体とした「太陽」があることにも触れられました。

 平崎さんが感じてられている近年の就労状況として、

 ・求人数が多いため就職しやすいが離職も多いこと

 ・終身雇用、フルタイムにこだわらないなど働き方が多様化していること

などがあると話されました。

 離職が多く、より柔軟な働き方を取り入れている企業も増加しているとなると、一人であれこれ探すより、自分のことを理解した上で、支援してもらえる場である「なかぽつセンター」が重要になってきます。

 それを押さえた上で、学校でどのような力をつけていけばよいのかは、次回紹介いたします。

教える機会をつくる

隠岐養護学校長

赤山克司

7月10日と11日、高等部は卯敷で宿泊学習を行いました。

夕ご飯の準備を手伝いにでかけましたので、夕食作りに励む生徒の姿をじっくり見ることができました。

釣りが得な生徒は、釣り上げた魚をさばき、包丁をつかうことが難しい生徒は、キャベツをちぎったり、えのき茸や玉ねぎをホイルで包んだりしていました。

その中で、焼きそばを作っている男子生徒が2名。上級生が下級生に作り方を教えながら、調理していました。

教える側に立っていた上級生ですが、高等部に入るまで料理を作る経験をほとんど持っていませんでした。昨年度、生活単元学習で焼きそば作りを3回行ったことで、焼きそば作りに自信をもったのでしょう。教え方に迷いを感じませんでした。

焼きそば作りに限らず、人にものを教えてみると、自分の理解の程度が分かると言われます。また、生徒が生徒に教えながら活動が進んでいくのですから、活動のやらされ感も少ないはずです。

理解を深めながら、生徒どおしの主体的な活動がおこなわれていたわけです。

本校は小規模校ですので、学年をまたいだ異年齢の集団での学習を多く取り入れています。焼きそばづくりのように、学んだことを下級生に伝えていく活動を取り入れやすい環境にあります。

集団の中で、対等な立場で意見を言い合う学習も大切ですが、教えるという立場に立つ機会を意識的に取り入れていくことの大切さを確認した、食事準備の場でした。

令和元年1学期終業式で話したこと

7月19日の終業式で概ね次のような話をしました。

島根県立隠岐養護学校長

赤山克司

 皆さんも知っているとおり、私は、毎日学校の中をうろうろ回っています。

 その理由を説明します。

 どんな顔をして授業をうけているかな、友達との関係はどんな具合かを見ているのです。

 この一学期を通して、落ち着いたみんなの姿をみることができて、いい学期だったなと思っています。

 高等部も中学部も小学部も、それぞれの学年に応じたいい友達関係になっていると思います。

 高等部や中学部では、人の発言をしっかり受け止め、自分の考えをしっかり言うことができている、または、しようとています。小学部では、順番をまったり、貸してくださいと頼んだり友達を気にとめて行動できているなと言う場面が増えています。

 人の話をきちんと聞く、自分の考えを言う。このことがしっかりできると毎日の生活が楽しくなります。でも簡単なことではないようで、そのことを上手にできるように全国の小学校・中学校・高校で取り組んでいます。

 みなさんの友達との関係は、いい状態になっていると思います。

 ですので、もう少しレベルをあげるために一つだけ話をしますので、覚えてください。 それは、丁寧に話すということです。乱暴なものいいはときどきとっても困ったことにつながります。丁寧に話すようにすれば、トラブルは防げます。

 丁寧に話すことのスタートは、挨拶です。きちんと挨拶、人には近づきすぎない、離れすぎない。「手の幅」活動がおわったら後始末。「挨拶 手の幅 後始末」に取り組んでください。

 丁寧に話すことについては、2学期の始業式でもしますので、覚えておいてください。

 では、夏休み、まずきちんと起きて気持ちよく日々をすごしてください。

むずかしいことをやさしく

隠岐養護学校長

赤山克司

 隠岐なかよし大運動会の際、児童生徒は場に応じたそれぞれの役割をしっかりやりきっていたこと、平素の活動を工夫し、やろうという気持ち刺激する必要があるなぁということを書きました。 (リンク

 6月20日 マラソンの川内優輝選手が来校されたときの活動でも、「やるべきときにはやる」と強く感じた場面がありました。

 それは、川内選手とのリレーでのスタート場面で、第1走の生徒が、スタートを示す電子音とともに、きれいに走り始めたところでした。そして、20mほど先に待っている生徒にきっちりバトンもつなぎました。

 その光景をみながら、「できる」と「むずかしい」の線引きをすることは本当に難しいことだと改めて感じていました。

 きれいなスタートを切ったその生徒にとって、リレーのスタートはいつも「できる」ことかというと、そうではないような感じです。でも、できたわけですから「むずかしい」ことではない。

 誰が「できる」「むずかしい」を決めているのでしょうか。「むずかしい」と感じているのは生徒なのか、教員なのか。一つの答えは川内さんの生徒への一言の中にあるように思いました。

 川内選手が中学生の走り方に対するアドバイスをされたわけですが、それは、一言「腰を高く」。それを自分の腰の位置をしめすことで伝えていました。※指導の場面(リンク

 その後のリレーでそのアドバイスの効果は見ている教員生徒にしっかり伝わりました。

 走りには、腕の振りや足の運び方など色々ありそうですが、一言「腰を高く」。それを実行してみるとよい手応えが得られる。劇作家井上ひさし氏のことば「むずかしいことをやさしく」そのものでした。

 児童生徒の活動の難しさには、本人の心身の特性や経験の多寡もありますが、教員の専門性ということが大きく反映しているということを改めて思い知らされました。

 「むずかしい」や「できない」理由はその場でいっぱいおもいつくわけですが、「できる」ようにするためには、教員の研鑽が必要です。いいかえると「どうしたらできるか」という問いをたて、日々その答えが見つかるまでやってみることの蓄積ということです。

 活動の見通しをもちやすくするためといっても、毎日同じ活動を同じレベルでやり続けることは、誰しも飽きがきてしまいます。毎日、すこしづつ、あたらたなもの、ちょっと背伸びしたもの、そんな活動を積み重ねていくことを、話し合いをもとに続けられていくことだろうと思います。

 隠岐養護学校では、今年も研究テーマを決め、学部・学年ごとに取組を進めています。HPを通じて、校内での共有、地域への発信を行っています。HPを通じて本校の取組について触れていただくとうれしく思います。

PTA活動 できることを、できる時に、できるだけ

隠岐養護学校長

赤山克司
 

 6月14日、浜田養護学校において開催された、島根県知的障がい校PTA連合会役員会と県特別支援学校PTA連合会理事会にPTA副会長と参加しました。
 

県内特別支援学校12校のPTAの方々が集まった特別支援学校PTA理事会での情報交換テーマは三つ。
 「役員の選出のあり方」「PTA活動の参加者を増やす手立て」「保護者同士のつながりを強くする工夫」。
 

 児童生徒数の多い少ない、また児童生徒の出身地の広がりなどにより各学校の事情は異なるのですが、「より多くの保護者に活動に参加して欲しい」という思いは共通していました。
 

 PTAに限らず組織の運営に関わる者としては、組織に加わっている全ての人が、同じ気持ちで活動して欲しい、企画にどんどん参加してもらいたいという希望・期待を持つのは自然なものだと思います。この思いに基づいて、様々な工夫が各学校で行われているはずです。
 

 ただ、この考えの中には、「参加する人」「参加しない人」というように、PTA会員を二つのグループにわけてしまう発想の芽があるように感じています。
 

 「白黒をつける」という二者選択的な議論では、行き詰まることがあり、白と黒の中間、いわゆる灰色の部分があるほうが物事に穏やかに対処できるのではないかと私は考えてしまいます。
 

 近年の隠岐養護学校でのPTA活動を見てみると、PTA総会への参加者よりPTA奉仕活動の方への参加者が多い傾向にあります。PTA奉仕活動はグランドの土が溝に流れ込んだものをすくい上げる活動と、近年では運動会に使う「玉入れ」の玉づくりなのですが、この活動は、やってみてその成果がしっかりわかる、つまり達成感をもちやすいものだと思います。
 

 そこで思うのは、すべて参加してもらえればよいのですが、なかなかそうとは行かないときには、「できることを、できるときに、できるだけしよう」という視点にたってみるのがよいのではないかということです。

  PTAは、児童生徒の教育環境をよりよいものにするためにある組織です。教育環境整備には経費的な面、人手がかかる面、そして保護者が学びあう面など多くの要素があります。
 

 多くの要素があるからこそ、これだけはという選択が必要となってくるはずです。本校では、「PTA奉仕活動」と「隠岐養護まつり」での模擬店の二つをPTAの主要な活動として、参加をお願いしています。

 二つの内、一つの「隠岐養護まつり」での模擬店には、前日準備と当日の運営の二日を要しています。二日は参加できないけど、この時間なら出かけることができるという保護者もおられました。「できることを、できる時に、できるだけ」と考えていったら、参加しやすくなるかもしれません。「できる時に」ご都合をつけていただき、「できること」でお願いできれば助かります。

将来の希望 ~現場実習という経験の蓄積~

隠岐養護学校長

赤山克司

 事件、事故がおこると、「動機」であったり「原因」の解明に力が注がれます。機械であるとか、システムまたは、マニュアルが整備された作業手順であれば、「原因」にたどり着ける可能性は高いように思えます。たどり着いたら対策がとれます。「原因」を明確にするれば、問題への対応は万全に行える。これは確かな考えだと受けとめています。  

 では、「目標」を定めれば進路を実現できるという考え方はどうでしょうか。人によってはそうでねといえると思いますが、現在就職している人で、中・高校時代の思いと現在の職業とが一致する人がどれだけなのかに思いをいたすと、疑問が出てきます。一度、検討してみる必要がある考え方だと私は思います。 

 中学や高校では、「何を学びたいですか」「どんな職業に就きたいですか」「その職業に就くためにはどのような資格・試験を経る必要がありますか」などを教員と生徒は確認し合っていきます。確かに、高校3年間という短い時間で、組織的に指導しようとすると、この手順は、手堅いもののように考えられます。でも、副作用が出る場合があります。  

 ある高校での経験ですが、高校3年生の女子の進路希望における「動物看護師」「トリマー」の割合が高い学年がありました。いろいろな進路学習を積み上げたはずの高校3年生の進路先が、特定の分野に集まっているのは、どうしてだろう?どうやら、中学時代の進路学習に出発点があったようです。  

 中学時代に決めた目標が、それ以降の学習において揺らぎがなかったのですから、確固たる目標といえるのでしょうか。確固たる目標といえるのは、達成のための取組という裏付けが必要になるはずです。ですが、目標に向けて、ほとんど自発的な取組、具体的には体験入学、パンフレットの入手、情報の収集などの取組が、将来を決定するために十分とは言えないレベルで高3を迎えていました。「目標」を決めて、そこで、立ち止まっていたのでした。その状態を「目標」があるとは言えません。決めることの次には行動があって、はじめて「目標」というに値するのです。

 そうだとするならば、「目標」を探すために、自分が行うことができる行動を継続するという考え方が、よいように考え至ります。

  隠岐養護学校でも、「どんな職業につきたいですか」という質問は行ってきています。 高校と違い隠岐養護では「どんな職業につきたい」という質問は現場実習先の選択に直結しています。  

 実習後「この作業は難しかった。でもできそうだ」とか、「昼休みの過ごし方が難しかった。話しかけないと」などの経験値として蓄積され、高3になったときに、「ここで働きたい」という言葉になって現れてきます。きわめて具体的な進路目標です。

 一時の思いでとどめるのではなく、具体的に積み上げていく。「私も働く人になる」ために、今週から現場実習に取り組みます。

    

運動会という「場」

隠岐養護学校長

赤山克司

 かつて西武百貨店の「おいしい生活」とか新潮文庫の「インテリげんちゃんの、夏やすみ」などのコピーを書いていた糸井重里さんが、「ほぼ日刊イトイ新聞」(略称ほぼ日)というHPに、「今日のダーリン」という記事を毎日掲載しています。

 最近の記事の中に「よい組織をつくるには」という内容のものがありました。
※すみません。この記事は自分で記録しておかないと2日後には消えてしまいます。メモを撮り損なってしまいましたので、ぼんやりとした記憶で以下書きます。

 「よい組織」には、「いい人」を集め、「いい場」を作ればいい。そんな内容でした。言われてみれば当たり前です。

 でもその組織にとって「いい人」とはどんな人ですか?という問いかけは、分かりきったものではなく、人によって答えが異なるものだと思います。

 例えば、「仕事ができる人」と答えたとしたら、「仕事ができること」とは、何で判断するのかという、次の問いがうまれてくるように、次々と問い続けていくことになるからです。

 同じように「いい場」とは何かも、なかなか味わい深い問いなのだと考えます。

 そんなことを考えていた週に「なかよし大運動会」が開催されました。

 運動会ですので、50m走や100m走、そしてリレーなどの競技と、見にきていただいた人に、ダンスやちょっとしたコントを披露する企画を内容としています。

 たとえば、100m走。遅くても20秒もあれば終わってしまうのですが、歴然と順位が付きます。「負けるのがいや」だからでないという児童生徒が、今回の参加者の中に何人かいたそうです。その児童生徒が、色々あってスタートラインに立ち、走りきる。それだけで状況を知る人は、「がんばったね」「なにか吹っ切れたね」と感じるものです。そこには、見る人の充実感、そして走った人には達成感という幸福な気持ちが宿ります。

 踊ることも、コントをすることも、そもそも多くの競技に参加できることも、すべてプレッシャーのかかる厳しい場になるものです。

 そのプレッシャーを子どもそれぞれに乗り越えての運動会でした。なぜ乗り越えられるのでしょうか。もっとも基本的なところは「大人は代わってくれない、自分たちの場」だと感じているからなのでしょう。そして、がんばったら「よくやったね」という賞賛を得た経験が蓄積されてきたからでもあるでしょう。

 運動会という「いい場」の中で、こどもたちは、「やるときにはやる」ことを証明してくれました。なんで普段できないのだというのは、大人の都合なのでしょう。こどもたちは、実に的確に「場」を理解し、それにふさわしい行動をとるようです。

 普段できないということは、こどもたちに、実は見切られているせいかもしれません。そう思うと、日々の活動の場である「授業」づくりをもっと「いい場」になるよう見直しをしなくてはならなくなります。

 運動会の勢いを利用して、今週も授業に取り組みましょう。

「こんな学校にしよう」 児童生徒会の目標

隠岐養護学校長

赤山克司

 本校の児童生徒数は16名。本当に少ない人数です。あまりにも目が届くため、よほど気を引き締めていないと、教員が先回りして、本来生徒が行うべきことをとってしまうおそれがあります。

 どのような学校生活を送りたいかを、生徒自身が考え、計画し、行動する。そのための組織が児童生徒会です。

 本校の児童生徒会執行部のこのような仕事をしますと、下のように校内に掲示されています。

執行部の仕事.png 「こんな学校にしよう」目標決めが、1番最初に来ています。さて、どのようにして決めるのでしょうか?

 今年の執行部は、目標を決める際に教員にアンケートをとりました。アンケート項目は「どんな児童生徒になってほしいですか?」などでした。

 児童生徒会長がそのアンケートを集約しました。手書きで丁寧にまとめています。

アンケート.png生徒会目標.png

 集計結果をもとに執行部が決めた目標は

 1 「挨拶」 いつでも、どこでも、誰とでもあいさつ・会話ができるようになろう。

 2 「協力」 友達のことを思い、話しかけたり一緒に行動したりして協力しあおう。

 3 「自分から」 何事にも積極的に取りくもう。

 積極的にということを「自分から」と表現したところがとてもいいですね。積極的ということが、本当によく伝わる言い方です。きっといい活動の起点になってくれるはずです。

 6月1日の「なかよし大運動会」での活動。楽しみです。

 

 

楽しめることの強さ 修学旅行などに寄せて

隠岐養護学校長

赤山克司

 先週、高等部3年生は東京に修学旅行に、小中学部は五箇に一部徒歩を取り入れた遠足を行いました。

 今回二つの行事を行う前にいろいろな心配事がありました。児童生徒本人が自覚している不安と教員側が感じている不安の二種類があったのですが、具体的にいくつか挙げると次のようなものでした。

 長い距離あるけるのだろうか。狭い機内に我慢できるのだろうか(満員電車の中も)。そもそも楽しめるのだろうか。

 例えば、以前「遠足」という行事にはじめて参加した児童は、「いやだ」と拒否する行動をとっていたのですが、前年までに経験をしたことで登校時から「遠足」を楽しみにし、遊具があればすぐに利用しに行き、お弁当をおいしそうに食べていました。楽しかった経験が、行動を積極的にくれたものと考えています。

 高等部生が初めて飛行機に乗った時の写真を見ると、笑顔。引率の先生の言葉がけもあったのでしょうが、東京に行けるという楽しみが不安より勝ったのだと受け取っています。

 そして、3日で4万歩歩ききった生徒を見ても、楽みが人に与える力を強く感じました。

 生徒がワクワクするような体験を通じて、苦手意識を弱めていくことの大切さを改めて学ばせてもらった二つの行事でした。

 そういえば、先々週 県の新田教育長が本校を訪問されたとき、高等部1年生の、自分の楽しみを同級生や先生に伝えるという授業をみていただきました。その中で「釣り」について語った生徒は、教育長が入室しても話のペースを落とすことなく、言葉をつくして、「釣りの楽しさ」を伝えようとしていました。授業後先生に聞いたところ、その生徒は20分にわたり話をしてくれたそうです。

 人前で語ることは、難しいこととされますが、自分が普段楽しく取り組んでいること、楽しいから常に工夫し、改良している取組の蓄積があれば、話し方の問題は置いておいて、十分に語ることがでることを、証明してくれました。

 楽しみを起点として、前向きな学習・生活を実現していく。その学習が楽しみを広げてくれるという良い循環は校内のあちこちにあるはずです。それを見つけて、どんどん発信していきます。楽しみにしていただければと思います。