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一学期を振り返って

隠岐養護学校長

赤山克司

7月20日に一学期の終業式を行いました。

暑さが続いていることを考慮した総務の提案により、冷房のきいたプレールームで実施しました。

本校では、終了式の前に、各学部の学習成果の発表を行っています。

今学期の発表は、高等部、音楽で取り組んだリコーダーの演奏。小中学部は「なかよし大運動会」のハーフタイムショーで取り組んだ「よさこい踊り」に再び挑戦しました。

先生方や、隣の生徒の動きを見ながら、演奏したり、踊ったりする部分もありしたが、時間いっぱいみんなの前に立ち、やり終えることができたこと自体が、成長を感じさせました。

終業式では、おおむね次のような話をしました。

※以下終業式での話です。

今学期、いろいろなことに挑戦しました。

運動会や、修学旅行、現場実習などですが、皆さんそれぞれ、やりきることができていました。これは素晴らしいことです。

皆さんの活動をみていて、よくやれているなと感じていることを一つ紹介します。なんだと思いますか。

それは後片付けです。運動会の後、各集会の後の片づけを全員で早く行うことができています。

昨年の4月から、事あるごとに「挨拶、手の幅、後始末」と言ってきています。

集団での後始末は、先ほど言ったようにできています。あとは、家や学校での机の周りの始末ができるようになればいいですね。

挨拶は、現場実習で意識して取り組んできましたし、7月に「ふるまいアップ週間」を実施しましたので、定着してきている人も多くなっていると思います。

残るのは、「手の幅」です。手の幅とは、人との距離感を意味します。必要以上に人に近づきすぎないこと。つまり、体の距離感ですね。これを間違えると誤解のもとですので、注意が必要です。

人との距離感には、言葉遣いも含まれます。親しくなっても、丁寧な言葉遣いができるといいですね。丁寧な言葉遣いをして、喧嘩にはなりませんよね。対人関係をよくするためには、人との体の距離と言葉遣いという二つの距離感を大切にしていきましょう。

では、夏休みです。事故に注意して、8月30日、元気に会いましょう。

よらぁや週間(公開授業)

隠岐養護学校長

赤山克司

 7月2日から6日の5日間を「よらあや週間」(お互いに授業を見あい、意見交換をする週間)としていました。「よらあや」とは隠岐の言葉で、「一緒になって話そう」という意味のようです。授業を見ただけでなく、その授業が子どもの成長に有効であったか、もっとよくするにはどうするかを話し合う部分を大切にしていることから、つけられたものだと聞いています。

 特別支援教育の研究会などに出かけると、「専門性の向上」が主要なテーマとなっています。    

 発達障がい、自閉症スペクトラムなど知的障がい教育学校が積み上げてきた授業手法のみでは対応できない子どもの入学が増加していること、経験がある教員の大量退職による技法の継承が急務であることなどが主な要因です。

 研究会などでは、「専門性の向上」のため、公開授業を行うけれど、授業の調整が難しく参加者が少ないこと、そのため授業をみての授業研究が行いにくいことなどが語られます。児童生徒数が急増していて、児童生徒の一人一人をすべての教職員が知っているという状況がつくりにくいことが、参観に人が出かけにくい遠因になっているのではないかとも、私は考えています。

 おかげさまで本校は、児童生徒をすべての教職員が知ることができています。また、中学部の生徒が高等部と一緒に活動する機会や高等部の教員が小中学部の昼休み対応にでかけるなど、学部を超えた生徒・教員の交流も行われています。  

 そのため、授業を見た後の意見交換が活発に行えているように感じています。これは、本校を支えるきわめて大切な雰囲気であり、なんとしても継続していく必要があります。

 どうしたら継続していけるのか。それを考えるためには、なぜ今活発に意見交換ができているのかを整理してみる必要があります。

 教員の年齢構成をみると20才代から50才代まで、ほぼ均等にいることで、多様な意見交換を行いやすいこと。職員室が一つであるため、普段から子どものこと、授業のことを話あっていること。なにより、これでなくてはならないと決めつける雰囲気がないことだと考えています。

 「話し合う」時、参加する人は、少々堅苦しい言い方ですが、対等な関係、フラットな関係でありたいものです。そうでなければ、思いを外に出しにくい。出しにくい雰囲気の中では、正しいことであっても、自分に入ってこないのではないでしょうか。思いが入るためには、呼吸と同じように、思いを出すことが必要だと考えます。

 話し合いの場面だけ、話し合いましょうとはなりません。平素の仕事の進め方が、指示命令ではなく、提案と傾聴によって行われるようにしておくことが重要だと考えています。

 それは、自分自身の日々の在り方に関わってきます。意見を言われやすい状態にしておかなければと自戒しています。

就労を支える制度

隠岐養護学校長

赤山克司  

 7月6日 海士町で就労支援連絡会議が開かれました。本校生徒の就労、卒業生の仕事の継続支援でお世話になっている「隠岐障がい者就業・生活支援センター太陽」(以下太陽)が主催する会で、ハローワークや県の関係各課などが、商工会、福祉事業所等に対して就労支援制度を説明をする会議です。

 本年度から障害者雇用促進法が改正され、いわゆる法定雇用率(地方自治体・企業などが障がいがある人を雇用する割合)が引き上げられたこと、精神障害も含まれることとなったことなどの説明がありました。    

 島根労働局からは、法律の改正を反映した国の支援策の詳しい説明がありました。 主なものとして、現場実習を支援する制度(チャレンジ事業)や、トライアル雇用(三ヶ月間企業で働き、企業・働く人双方が継続的な就労を判断するもの)に対する助成金制度、雇用を進めた企業への助成金制度がありました。

 本日の会議は、国・県の制度説明でしたが、本校がある隠岐の島町も地元就職者に対して手厚い支援制度をもうけており、本校卒業生もその制度を利用させていただいています。 具体的にどの制度を利用するかは、ハローワークや太陽と相談をしながら進めることとなります。    

 ハローワークより隠岐地区の求人倍率は2倍を超えているとの情報提供もありました。働きたいと考える生徒と、企業等を結び、卒業後の生活が充実したものとなるよう取り組んでいきます。

ふるまいアップ

島根県教育委員会が平成22年度から「ふるまい推進プロジェクト」を始めています。

それをうけて本校も、職員室の入室時の挨拶に焦点を当てた取組を行っています。

今年は「目と目を合わせて」という点を強調した取組を7月2日から20日までの期間実施します。

「挨拶をすること」「目と目を合わせる」ことを、入室前に確認するため、職員室前には、掲示物がいろいろ作られています。

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座る姿勢と集中力

隠岐養護学校長

赤山克司

 高校では、生徒の学習への取組を促すために、大学受験をめざす予備校の先生を招いての講演会を実施しています。

 私も何回か聞く機会がありましたが、その中で、大学受験におちる座り方というものの紹介がありました。講師いわく「浪人座り」だそうです。

 その姿勢とは、足を前に放り投げるように伸ばし、いすの背もたれの後ろに頭が来るような姿勢でした。やってみると、黒板は見にくい。ノートはとりにくい。話を聞く気持ちにもなりにくい。いいことは何もない姿勢を、なぜとっているのか?

 背筋を伸ばし続けるための筋力が十分ついていない。十分な睡眠時間がとれていない。中学校までの学習につまずきがあり、高校の授業にはいっていけない等々。体力面と気持ち面両方の理由が言われていましたが、いずれにしても、本人は、自分の姿勢の悪さによって生まれているマイナス面と、直すことによる効果については、思い至ってはいないと思われました。    

 ですから、まず、良い姿勢とはどんなものか、良い姿勢だとどんなよいことがあるのかを説明し、できない理由の体力面、気持ちの面に働きかけていく取組が必要になってきます。

 まず1分背筋を伸ばして座ってみる。そうすると、自分はまっすぐ伸ばしていると考えていても、周りからみると、どこかおかしいということも出てきます。運動体験が少ないので、体の軸という感覚が育っていないのではないかという、新たな疑問が出てくることもあります。    

 集中力をもって授業を受けるためには、教員側の創意工夫が必要ですが、受け手の生徒の準備も大切です。その準備には、座って聞く姿勢も含まれます。

 「まず正しい姿勢をとる。そのことによって集中力を高める」これを実現するためには、児童生徒の心身の状態をよく見て、伝わる方法・言葉がけを考える。そんな取組の繰り返しを、教員集団として行っていけるよう努めて行きます。

 ただ、生徒は正直なもので、面白い、楽しいと思ったときには、前のめりになっています。姿勢は、様々なことを語っているものです。いろいろ書きましたが、生徒の姿勢は、授業への評価という面があります。心しなければ。 

やる気を引き出す

隠岐養護学校長 赤山克司  

 前回、「読書に親しむ」の中で脳科学者 池谷裕二さんの「やりはじめないと、やる気はおきない」という言葉を引用しました。引用しただけでしたので、少々説明をいたします。

 池谷さんは、口角を横に引っ張る動作、つまり笑った顔に近い表情を作ると楽しい気持ちになりやすい。布団から出るから、眠気が覚める。眠いからと布団の中に居ると眠気はさめない。そんな事例を紹介しています。

 では、やり始める動作をスムーズに行うためには、何が必要でなのでしょうか。

 先日、調理の学習を見ながら、やはり、経験した回数が「やりはじめ」をスムーズに行うには必要だと感じました。    野菜を洗い、皮をむき、料理に適した大きさに切る。一つ一つの動作はぎこちないですが、昨年の様子と比べるとスムーズでした。そして、楽しそうにも見えました。「やる気」が伝わってきたわけです。

 経験値を増やしていくことが「やりはじめ」をスムーズにするのですが、すべての活動の経験値をあげることは、学校では困難です。

 すべての行動に共通する「やりはじめ」は何か?卒業までの時間でできるようにするためには、そんな問いが大切だと思います。

 現時点で、「やりはじめ」を鍛えるには、単純に運動だと考えています。単純に走る。雑巾がけをする。部活動でサッカーをする。とにかく体を動かす活動を意識的に取り入れることが大切だと考えています。

 「姿勢を良くして」と注意しても、姿勢を保ち続ける筋力がなければ、姿勢の維持は難しいものです。「早く歩いて」と言われても、普段ゆっくりしか歩かない人には困難なことです。

できないことを、「やる気」の問題とせず、「やりはじめる」部分に着目することは、子どもに、必要のない叱責を与えないことにつながるかもしれません。

 次回は、座り方が学習意欲を左右するという予備校の先生の話を紹介しながら、体とやる気の関係について記していきます。

PTA活動について

隠岐養護学校長 赤山克司

※6月15日 島根県知的障がい教育学校PTA理事会において、事務局担当校として挨拶をする機会がありました。その挨拶に言葉を加えて掲載します。

 せっかくの機会ですので、隠岐養護学校の活動に触れながらPTA活動がもつ力について話させていただきます。

 専門機関の少ない隠岐地区にあって、隠岐養護学校は地域内の保育所、小中高校に出向き、相談や、必要に応じて検査などを、センター的機能として行っています。

 その担当者からの報告を聞きますと、支援が必要と思われる保育園児等に、うまく関わっていけないということが少なからずあります。

「保護者の理解が得にくい」という理由が多いように思われます。

 では、どうしたら理解が進むのかということになります。保育所や医師、教育委員会、特別支援学校などが、保護者に必要な支援について説明をし、理解を得ていくことが主な取組となります。

この取組では、頭の中での理解は進むと考えますが、将来のことや、地域社会での生活こと、様々なことを思えば、感情も含めて受けとめが進むかというと、十分ではないと思わざるを得ません。「わかってはいが・・・」という状態の方々が「理解が得にくい」と思われている方々の中におられるのではと推測いたします。

 そこで、PTAの活動が大切になると考えています。PTAの皆さんは、地域で様々な活動を担われています。その活動の中で、子どものことで不安を感じておられる保護者が、相談を持ちかけられることがあるかもしれません。または、相談という形ではないですが、皆さんとお子さんとの関係を見て、支援の必要性とその可能性について前向きな理解をされるかもしれません。

 PTA活動に積極的に取り組まれている皆さんの姿そのものが、「理解を進める」力があると私は考えています。

 特別支援学校に在籍されている児童生徒の保護者の中にも、子どもの特性と関わり方について、わだかまりを持ち続けられている方々がおられるようにも感じております。そのような方々は、どちらかというとPTAの活動に参加が進まない傾向もあるよう思います。子どもの教育活動に熱心に関わっておられる皆様方と、一緒に活動をされることは、わだかまりを薄めるよい機会となると考えています。

 活発なPTA活動は、児童生徒だけではなく、保護者自身を支えるものと考えれば、大変大切な役割を担う組織であります。保護者同士の声がけが進みますよう各校において取り組まれ、とまどいをもっておられる保護者の方の背中を押していきたいものと考えております。

 2年間、気づかないことも多いかと思います。お教えいただきながら事務局を努めて参ります。どうかよろしくお願いいたします。

PTA

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図書に親しむ

隠岐養護学校長

赤山克司

 卒業後の生活を安定させるためは、自分が働きたいと考える場の確保と、余暇時間をすごす術を身につけていることが大切になります。

 働く場では、「この仕事を、12時までに仕上げてください」などのように、活動の目安を示してもらえます。目安にもとづいて仕事を続け、職場の人の「いいぞ」とか「ここをもう少し」などの声かけに応えていくと、働く技能が向上し、見通しが持てるようになる時が来るはずです。人によって、行っている仕事によって、その時が来るのが、速い、遅いがありますが、きっと来るはずです。

 仕事は人を成長させてくれる大切な場なのですが、自分に関わってくれる他者がいるから、成長が促されるのです。

 では、余暇時間ではどうですか。自分の成長を支えてくれる他者がいるでしょうか。なかなか余暇時間に関わってくれる人を見つけるのは難しいと思われます。だとすれば、余暇時間こそ、自分が試されていると考える必要があるのです。

 余暇時間はゆっくり休む時間である。何もしなくてもいいじゃないかという考えもあります。確かに、そのような時間も必要なことは確かですが、休みの日ずっと何もしないというのは、休みが終わって働き始めようとするときの、立ち上がりがうまくいくだろうかという不安を感じます。

 何もしないことにより、次の活動の意欲が高まるということがあるのでしょうか。

 私は、脳科学者 池谷裕二さんの「やりはじめないと、やる気はでない」という考え方を信じているので、何もしない状態から次の活動へ移る、出だしの一歩の練習をしていないと、休みと活動意欲は結びつかないとの見方で人々の活動を見ています。

 余暇の過ごし方は、様々ですが、何かをやり始めることが、誰の働きかけがなくてもできるようになればと期待しています。

 学校では、釣りや野苺摘み、料理など休日にできそうなことのきっかけを作ることに努めています。その一つに読書の勧めがあります。

 読書は、まず図書館か書店に出かける、本を選ぶ、読む、想像するなど「やりはじめる」ことの連続です。内容が面白いことに目がいきますが、読書をはじめる行為自体が、活力ある生活につながっていると考えます。

 そんな読書に親しんでもらうために、県は、特別支援学校に図書館司書を配置し、整備にあたっています。

 現在、本校の図書館も整備が進み、本を手に取りやすくなっています。

 玄関には、図書委員会の掲示物。図書に親しむきっかけ作りに努めています。

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「できる」ということ

隠岐養護学校長

赤山克司

 「やればできるはずだ。」という話が出てくるケースは様々だろうと思います。乱暴ですが、思いつくままケースを書いてみると、

 1 周囲の者が、「できる」と考えて、本人の肩を押す場合(励ましも、叱責の場合もありますが)

  2 周囲の者が、「むずかしい」と考えているが、本人などがやりたいと言う場合(すぐ行動に移す場合も、なかなか行動に移さない場合もありま  すが)

 「やればできるはずだ」という発言は、まず、今はできていないということを、周囲の者及び本人などが認めていることを示しています。その点では一致しているわけですから、「やればできる」という発言に対しての意見の相違が発生した場合は、将来における可能性に対する意見の相違ということになります。簡明にいうと「私はしたくない。できません」であるとか「あなたには、そんなことはできません」という否定的な考えをめぐっての意見対立となってしまうわけです。悲しい話になってしまいます。

 自分の些細な経験で申し訳ありませんが、これまでの教員生活で「やればできるはずだ」と言われて、驚いたケースに、「プロゴルファーになる」といわれたものがありました。当時その男子生徒は、学校生活がうまくいっておらず、家庭訪問の際に「ゴルファー」という発言をききました。運動もしておらず、ましてやゴルフクラブももっていないのですから、「できるわけない」と話す根拠はたくさんありましたので、「そんな夢物語をいっておらず、現実を見て」と話したと記憶します。

 今思い返すと、「プロゴルファーになる」ということをきっかけに、世間話でもして帰ればよかったのにと、遅いですが、後悔をしています。「今の学校では、自分はうまくいっていません」という思いを、「ゴルファーになる」で表現した可能性があるからです。きっとその生徒は、この教員と話してもだめだと考えたと思います。

 周囲の者と、本人などが可能性の話ではなく、今ここでできていること、挑戦しようとしていることに焦点を絞ってかかわっていれば、「プロゴルファー」のような感情の行き違いは起きにくいのではないか。現在そのように考えるようになりました。

 本校の生徒の多くは、苦手意識が大きくて新たな行動をはじめにくい場合があります。また、できるようになると少々自信を持ちすぎるきらいもあります。ですから、本校でも上記の1のような教員からの「やればできる」も、2の場合のような生徒からの「やればできる」と両方の「やればできる」が聞かれます。

 どう対処していくのか。大切なのは現状確認とその評価の積み重ねだと考えています。現実の事実をもって、ほめる、はげます。少しの変化を後押しする。そうすることで、日々の生活だけが将来につながっていることを実感していくこと。その積み重ねを大事にすることです。

 「練習はうそをつかない」など、日々の生活だけが将来につながっていることを示す言葉は多くあります。 本校では、高等部3年生が実習先の施設長に指摘された「学校できないことは、仕事場でもできない」という言葉を利用して、生徒に日々の生活こそが重要であることを浸透させようとしています。

 現場実習は、現状認識と評価の場の大切な機会です。

 来週5日実習は続きます。がんばれ、高等部生。

 

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