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3月17日 卒業式の式辞を掲載します。

     卒業式 式辞

 卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。

 私は、皆さんを入学式で迎え、三年間をともにすごし、今卒業証書を手渡すことができました。教員生活の区切りの年を向かえましたので、三名の皆さんが私の卒業証書のように感じております。

 さて、三年前の入学式において、皆さんには二つのことを話しました。「毎日学校に来ましょう」そして「新しいことに挑戦しましょう」の二つでした。

 三名の皆さんは、病気などの休みはありましたが、毎日学校に通ってくれました。これは本当によかったと思いますし、この点は、言ってよかったと思っています。

 もう一つの「新しいことに挑戦しましょう」については、皆さんの気持ちに添わないことをいったものと後悔をしています。

 入学後の皆さんの姿を思い出すと、「もういいです」と活動を打ち切る姿、問いかけに返答ができずに固まってしまった姿、この人は何をするのだろうと疑り深げに見る姿。そんな姿を思い出すにつけ、不安を取り去ることが、まず第一に取り組むべきことであったと、今考えています。

 入学後、学校として皆さん一人一人に必要だと考える内容の授業を積み重ね、運動会や隠岐養護まつり、発表会などの行事、各種スポーツ大会への参加など、多くの体験もしてきました。

 少人数である本校は、児童生徒一人一人が役割を果たさなくては、学校が回っていきません。教員から見ると「やってもらうしかない」。皆さんから見ると「やるしかない」状況が、毎月、毎週、時には毎日やってきていました。

 一つ一つやりとげる、やったことが認められる、そんな繰り返しが、皆さんの行動にブレーキをかけていた不安を取り払い、本来の力を発揮できるようになっていったと私は受け止めています。

 失敗も含めて多くの経験の蓄積が「だいじょうぶ」「なんとかなる」という感覚となって皆さんの中にしっかり宿っています。今であれば「新しいことに挑戦してください」といえる段階に皆さんは立ったと私は判断しています。ですから卒業です。

 「新しいことに挑戦する」といっても一人で頑張る必要はありませんね。わからないことは質問したり、相談したりすればいいのです。そのことはできつつあります。あとは、高等部で、みんなの作業所で、そして太平ビルサービスで実践すればよいのです。皆さんの健闘を祈っています。

 保護者の皆様、改めまして卒業おめでとうございます。卒業する三名より、これからの日々に不安をもたれての本日かもしれないと推測しております。先ほど申しましたように、三名は、役割を引き受け、そして果たす状態に育っておられます。役割を果たすことにより不安も薄れ、生活する力、働く力が向上してゆきます。 役割に伴う苦労に立ち向かうお子様の背中を押していただきますよう願いいたします。

※来賓の方はおられませんが、準備しましたので読みます。

 最後にあたり、本校で学ぶ生徒に限らず、「不安」の前に立ちすくんでいる児童生徒への支援についてお願いをしたいと思います。 子どもたちはそれぞれ得意なこと、苦手なことをもちながらも、日々頑張っています。その頑張りを見ずして「こうあるべき」という自らの価値観で子どもたちを瀬踏みする雰囲気や、逆に、役割を取り去ることが愛情深いことであると思い込んでいる雰囲気あるのではないかと危惧しております。

 大切なのは、子ども一人一人が担うべき役割をしっかり果たし、それによって自分の中の不安に折り合いをつけていくことである。そのことを三名の今の姿から学びました。ですので、この場を借りて皆にお伝えいたします。

 それでは、三名の皆さん。苦しみを楽しみとして、本来の力を存分に発揮してください。

   令和二年三月十七日 

        島根県立隠岐養護学校長                     

        赤山 克司

3学期の始業式

1月8日、3学期の始業式を行いました。

始業式には児童生徒16名全員が出席し、落ち着いた雰囲気でスタートが切れることをうれしく感じました。

始業式では、概ね次のような話を行いました。

 おはようございます。 遅刻もなく、全員揃っての始業式、大変いいスタートが切れましたね。 年の初めですから、おめでとうございます。 今年もよい年にしてきましょう。

 そのためには、「自分から」行動しましょう。 人に「丁寧に」接しましょう。乱暴な呼び方をしないなどですね。

 さて、10日に餅つき会があり、年頭所感を発表します。 何を書くか困りますよね。 自分で納得するための方法を紹介しましょう。

 それは、書いてみるということです。 とにかく、思いつくことを書いてみる。10分間とにかく書いてみる。 そして、その中から選ぶ。以上です。

 この方法のよさは、考えが形になった見えることです、 自分で書いた文字をみて、自分が刺激されて、思いもつかないことがでてくる。

 行動をすることによって、新しい物がうまれるということです。

 これも「自分から」の方法です。 これまでも行ってきました、挨拶、手の幅、後始末も自分からです。 自分から、できることをする、それに対して相手がどう対応するか、それはあなたの問題ではありません。自分はやる。その点を大切にしたほうが、すっきりしますよ。

 さて、昨年、始業式で学校のHPを週5回更新するといいました。 その約束は守られたでしょうか。1年間52週、あります。47日更新しませんでした。 ということは、一週間に6日以上は更新したことになります。

 更新するためには、学校の中をあるき、授業中にスマホをもって入っていかないとできませんでした。このため、生徒のみなさんだけでなく、先生方の工夫・苦労を直接感じることができました。これは、私とって貴重な学びでした。ですので、3月まで頑張りますので、皆さんも時々見てくださいね。

 では、「自分から」、「丁寧に」を、大切にいい年にしていきましょう。

令和元年度2学期終業式 お話

隠岐養護学校長

赤山克司

 おはようございます。

 今日は、16名全員この場にいます。これはすばらしいことです。大変うれしいですね。

 さて、2学期忙しかったですね。皆さんは色々やりました。 先生方もとっても忙しかったんですよ。

 ここにいるみんなが毎日、あれしなくっちゃ、これしなくっちゃとフル回転でした。

 忙しいと、雰囲気が悪くなることもあるんですが、みなさんは、やるのが当たり前のような感じで取り組んでいましたね。大変なことも多かったとは思うのですが、一人で頑張るんじゃなくて、みんなで取り組んできたのがよかったのだと思います。そう思いませんか。

 さて、一応この話をするのに、原稿を書くんです。そのとき、前どんな話をしたか確認をするのですが、そこで最近これ言わなくなったなぁということに気づきました。 それは、「あいさつ、手の幅、後始末」というやつです。

 一人一人見れば、あいさつ、人との距離、後始末の課題があるのですが、全体としては、クリアーしたのではないか。そう私は感じていたんですね。つまり皆さんは集団として確かな成長をとげたわけです。

 では、次に何を皆さんに期待するかということになります。

 私は残り少ないので、定着させることができません。それを踏まえて、何にしようかぁと考えながらここ数日過ごしていました。

 やっぱり2階の廊下で毎日見ているものにしようと思い立ちました。 さて、廊下になんて書いてあるでしょう。

 高等部の二学期の目標に「自分から」「ていねいに」というやつです。 この学校を引っ張っていく皆さんにふさわしい目標だと思います。

 いわれてすることも大切ですが、皆さんは次の「自分から」という段階に入れそうです。 「ていねいに」というとことは、がんばりどころですね。乱暴な言葉遣いもふくめて、もっとき気持ちよくできるはずです。 くりかえしますよ。、忙しい、できないなんて言わずに、「自分から」「ていねいに」やってください。

 学校だけでなく 家でもですよ。いい年末年始をすごしてください。

40周年記念式典 式辞

四十周年式典式辞

 本日島根県立隠岐養護学校の創立四十周年記念式典を開催するにあたり、隠岐の島町長 池田高世偉様をはじめ、隠岐郡各町村、福祉サービス事業所及び本校児童生徒の活動にご支援をいただいております多くの皆様方のご臨席を賜りましたことに対し、まずお礼申し上げます。ありがとうございます。

 さて、現在、障がいのあるものとないものがともに学ぶインクルーシブ教育が提唱され、本校も相談支援活動などを通じて、体制の構築に取り組んできております。

 本日四十周年を迎えるに当たり、「ともに学ぶ」こと、さらには「ともに生活し働くこと」を実現するためにこの隠岐の地でどのような取組がなされたのかをふり返るとともに、今後本校が果たすべき役割について述べたと考えます。

 なお、現在定着しております支援学級という言葉を用います。ご了解をお願いいたします。

 本校が創設される以前、障がいがある子どもの教育は、小中学校の支援学級で行われていましたが、法令により、学級に通えない子どもの就学は猶予されており、学びの機会が完全には保障されてはおりませんでした。

 昭和四六年、現在隠岐病院が建っております場所に、障がいがある子どもの生活の場として「杉の子学園」が作られました。

 隠岐各地より三十名の子どもたちがこの地に集まり、通学ができる子どもは、西郷小学校・中学校の支援学級で学びはじめました。当時の統計をみますと、杉の子学園開園前、西郷小学校の支援学級児童数十二名が、開園の年には二十二名となっています。多くの児童生徒の教育に当られた当時の先生方の苦心は大変なものであったと推測いたします。ただ、その学級には重度障がいの児童生徒の姿はありませんでした。学園に留まらざるを得なかったのです。加えて在宅の子どもが存在したことを忘れてはなりません。

 この状況を打開するため、昭和四九年学園内に「ひまわり学級」を開設するなど地道な取組がなされている中で、障がいがある児童生徒の就学義務が始まる五四年度が近づきました。「隠岐の子は隠岐で育てる」という言葉のもと養護学校設置の働きかけが県教育委員会及び県知事になされ、その熱意により、松江養護学校の分校であった当初の計画が変更され、隠岐養護学校として創設されるに至りました。本式典にあたり、本校の創設にご尽力いただきました方々に深い感謝を申し上げます。

 さて、本校の開校は大きな一歩でありましたが、中学部を卒業した生徒の学びの場、生活の場・働く場の確保等が次なる課題として立ち現れました。

 課題解決に向け、昭和五五年仁万の里が作られました。その後平成二年に「みんなの作業所」、平成一八年に「あじさい」が立ち上げられ、本校卒業生の生活の場、働く場が拡充されました。平成八年度に開設された高等部卒業生は、それぞれの事業所と連携することで、「隠岐で働く、生活する」基盤を得ることができました。この地に存在していなかった施設を立ち上げ、そして発展に力を注いでこられました方々に改めて敬意を表したいと存じます。

 福祉就労の場の確保が進む一方、企業での就労を期待する保護者生徒の希望が高まって参りました。本校は地域のご理解を得て、高等部開設当初より年間五週間の現場実習を行い就労の場の拡大に努めて参りました。平成二三年度県の事業で配置された就労支援コーディネーターの地道な取組により就労の場が一つ、また一つ開拓され、それを契機として、現在、県内でも高い一般就労率を実現するに至っております。

 この流れは、本校卒業生に就職促進事業補助金の適応をいただきました隠岐の島町、就労のためグループホームなどの手配をいただきました海士町など各町村、及びハローワーク・太陽の皆様のお力でより確実なものとなりつつあります。重ねて感謝申し上げます。 卒業後の生活・就労の場の確保とともに、現在本校は、各町村と手を携えて、特に保育園段階での相談支援に力を注いでおります。早期の気づき、そして療育により、保育所での活動が円滑になり、保護者の不安を薄めることができつつあります。その取組を小学校へ、小学校の取組を中学校、高校へとつなげていければ、今以上に生徒の学びが保障されるに違いない。そう確信をしております。   その際、一つのハードルがあるように平素感じております。それは、保護者をはじめとする関係者の理解であります。

 本校ができて四〇年経過しておりますが、前半で申し上げましたように障がいがあることで学べない時期、就労先が確保できなかった時期がありました。過去の記憶は、様々な形で人々の判断に枠を作っています。

 鳥取大学で特別支援教育を担当されている三木教授は、障がいがある子どもの保護者に必要なものは、「この子はなんとかなるかもしれない」という希望であると言われています。

 現在取り組んでおります保育所などへの相談活動、小中学校及び隠岐高校、隠岐水産高校等との交流学習、関係機関と力を合わせて実現している就労先の確保と継続への取り組み。これらが保護者をはじめとする地域の方々の「希望」となることを切に願いながら本校は取り組んでおります。そして、「希望」という光が一人また一人と伝えられていくことで、障がいの理解に対するハードルが低くなっていくことを信じ、これからも歩みを進めてまいります。

 変わらぬご支援をお願いいたしまして式辞といたします。      

 令和元年十一月十六日             

 島根県立隠岐養護学校長                    

 赤山  克司

福祉フォーラム イン 隠岐 「他人の目の中」

隠岐養護学校長

赤山克司

 10月27日 本校と4つの福祉サービス事業所、社会福祉協議会、町福祉課が実行委員会を組織して、「福祉フォーラム イン 隠岐」を開催しました。

 島根総合福祉専門学校校長 堅田知佐 氏に「障がいがある人もない人も共に住みやすい隠岐の島町を目指して」をテーマに講演をしていただきました。

 内容は、福祉という言葉の意味から説き起こされ、福祉6法に即した福祉行政の限界と現在必要な取組など多岐にわたりましたが、私が印象に残ったことを一つ紹介いたします。

 ノーマライゼーションという考えを提唱されたジョン・オブライエンの言葉だそうです。便宜上(a)(b)(c)と三つに区切ってありますが、もともと一つの文です。

 (a)「価値を低められている状況」は、「他人の目の中」から始まるが、

  (b) しかし、社会的期待度は、障がいをもった人たちが自分自身の価値を低め、それに応じた行動をする原因とな   

    りうる。

  (c) そして障がいをもった人たちが自分自身を見下し「障害を持ったような行動」をするようになったとき、悪循 

    環は完成する。

 人を低く見るのは、文字通り「見る人の側の考え」による、というのが(a)

 低く見られる状態が続くと、「どうせ自分は」と人の見方に合わせてしまう、というのが(b)

 そうすると、「見る人の側の考え」がどんどん厳しくなる悪循環が生まれるというのが (c)

 社会的に苦しい状態にある人の状況がいかに生まれて、固定されるかを簡明に示して文だと私は考えます。

 周囲の視線から問題が始まっており、当事者からではないという点を、しっかり押さえておくと、マスコミで報道される社会的弱者に関する問題を読み誤ることがないのではないか。

 それを意識できない人が、安易に人のせいにするときに発するのが「自己責任」。

 「自己責任」という言葉で、人と人とのつながりを切らないよう、肝に銘じようとおもった講演でした。

 

つながる〜アルケミストへのおもてなし〜

10月18日に隠岐養護学校HPの「お知らせ」にアップしました「アルケミストコンサートお迎え 案内」をお読みいただけましたでしょうか。本校高等部生徒がアルケミストを壇鏡の滝・那久岬など隠岐の島町の名所へと案内したことを紹介したものです。

昨日その記事を書きながら、ものごとはつながっていくものだなぁと言う感慨をもちました。この感慨は、アップルの創始者ジョブズがスタンフォード大学で行ったスピーチの一節と符合したものでした。少々長いですが引用してみます。

「点と点を将来に向けてつなげることはできない。できるのは過去を振りかえってつなげることだけだ。だから今はただの点であっても、将来は何らかの形でつながっていくと信じなければならない」松原耕三「内なる声」より抜粋

今回アルケミストを案内した高等部4名は、昨年度「おもてなしをしよう」「隠岐島じまんをしよう」の二つの活動を積み重ねてきました。「おもてなし」の授業では町内の保育所の園児を学校に招いて、自分たちが企画した遊びで楽しんでもらうという活動を行いました。

「隠岐島じまんをしよう」では、島後、島前それぞれの見所を調べ、そこに出向くためにの交通手段と時間、昼食場所の予約などを自分たちで行って出かけています。

この二つの活動を行っていた隠岐養護学校に、昨年秋、「遠隔社会見学」の打診がありました。最初は、全国の特別支援学校に隠岐の魅力を発信するので、隠岐養護学校も参加されませんかという提案でしたが、高等部の生徒が「隠岐島じまんをしよう」という活動をしていることに先方が興味をもたれ 、最終的に隠岐養護学校の生徒が全国の支援学校に向けて隠岐の魅力を発信するという内容が「遠隔社会見学」に加えられることになりました。点が一つつながりました。

「遠隔社会見学」が実施されたのは10月8日。その時の経験を生かして、生徒たちは、10月17日のアルケミストをお迎えし、案 内する準備に向かっていきました。経験が重なり、初対面の人に対しても躊躇せず説明ができる姿を見ることができました。また点がつながったわけです。

いったんつながりはじめた点です。次はどんなつながりを生み出すのでしょう。楽しみでしょうがありません

学校ブログ 就学相談会

隠岐養護学校

赤山克司

9月30日から10月4日の間に就学相談会を実施しました。

就学相談会.jpg

 就学相談会とは、高等部への入学を検討している生徒、保護者、担任の先生にお越しいただいて、それぞれに特別支援学校の高等部の教育活動について理解をしているか、理解してた上で志望しているか、現時点での将来の進路希望等をお聞きする場です。

 高校への進路選択については12月頃より、三者面談などで確認されますので、2ヶ月近く早い時点で、進路についての考えを聞くこととなります。

 進学であったり、就職であったり、よく考えなくてはならない決断の機会があります。時間をかけることも必要ですが、大切なのは、現場にでかけ話を聞いたり、体験することだと考えています。腕を組んでいるだけはよい決断はできません。人に相談することも有効な方法ですが、自分の目、自分の耳で聞いたことをもとに相談すると、納得の度合いが高くなるはずです。

 現時点で迷っているという生徒もいましたが、それは当然だと受け止めています。悩んで、その悩みをどう解決するのか、生徒のだけでなく周囲の大人の関わりも問われるところです。

 「自分が選んだ」この点がしっかりした生徒は、選択先で少々のことが起きても動じない傾向にあります。

 高等部入試は2月。しっかり行動しながら決断をしてほしいものです。

 

 

校内掲示2件

養護学校には、児童生徒が作成した作品や学習発表がそこかしこに掲示されています。

今回は、そのうちから2件。

小学部の前には、「おつきみ」と題した作品が掲示されています。

月見.jpg同じ素材ですが、やはりそれぞれ異なってます。面白みがありますね。

高等部の教室近くには、児童生徒会の9・10月の目標が掲げられています。

目標.png

「自分から」というのが、年間目標ですので、それをもとに考えられたものです。

現場実習で生かされていたかを10月7日の現場実習報告会で聞いてみましょう。

フットサル大会を振り返って

隠岐養護学校長

赤山克司

 9月12・13日 出雲市の浜山運動公園で行われた特別支援学校総合体育大会フットサル大会に参加しました。

 本年度、隠岐養護学校からフットサルに参加できる生徒が6名と少なかったため、参加校の同意を得て、5人での競技でとしていただきました。そのおかげで、途中で選手交代が可能になり、また、けがなどで1名参加できなくなっても、競技がつづけられるようになりました。

 予選リーグ2試合、準決・決勝 計4試合を行いましたので、生徒に疲れがたまっていることはみてとれました。そんな中、最後の試合においてもボールに向かっていく姿勢は崩れませんでした。特に決勝戦では、女子生徒2名でゴール前を守る場面が続きましたが、相手の男子生徒がもつボールを果敢に奪いに向かっていました。

 普段の練習や隠岐高校にお世話になった練習試合の経験の蓄積を土台として、生徒どおしの声かけにより、今自分がやるべきことが確認できていたことが大きかったと思います。

 疲れがたまったとき、早く終わってほしいなど、試合から気持ちが離れる場合があります。場合によっては、味方の失敗に腹を立ててしまうこともあります。

 それを防止してくれる効果が声がけにはありました。「もう少し前に」「○番に付いて」などの声がけにより、何をするとよいのかが明確になり、そこを頑張ろうとする気持ちを引き出してくれます。

 疲れたときに声を出す人がいて、その声がけに応じて動こうとする人がいる。そのことを4試合続けました。ゴールをしてともに喜び、入れられてもすぐ切り替えて仕切り直し。実践をとおして、個としても、チームとしても何か手応えを掴んだ気配がしました。Nice Game!。

 高等部の部活動は、11月10日の駅伝大会に備えた練習に変わります。異なった競技で培った気力・体力で来年のフットサル大会に向かいます。

言葉を消化するということ 

隠岐養護学校長

赤山克司

 たとえば、どんな人が好きですかという質問に対して「やさしい人」という答は多いのではないでしょうか。

 では、「やさしい人」とはどんな人ですかと、どんどん尋ねていくと、十人十色の思いが出てきそうです。

 日頃顔を合わせている人どおしであれば、なんとなく通じることはありますし、それでよいことがほとんどだと思います。

 さて、今学校は「社会に開かれた教育課程」を作り、「カリキュラムマネジメント」を進めて、「主体的、対話的 で 深い学び」を実現することを文部科学省より求められています。

 ここ3年間の研修は、上記が中心でした。それぞれの意味するところはどのようなことなのか、具体的にはこんな学習活動があります・・・・

 論理的に説明されますので、その時にはわかりかけた思いをもつのですが、いざ学校で実践のために説明を進めていこうとすると、やたら言葉が多くなり、つたわっていないなぁという雰囲気を強く感じます。

 やはり、自分が現時点で理解していることを、できるだけ伝わる言葉に置き換えていくことが、話す自分も、そして聞いている人にも必要なのでしょう。言葉をかえれば、自分なりに消化しましょうということです。

 特別支援学校の教育は個々に応じた「自立と社会参加」を実現することを目的としています。

 これは、保護者をはじめ、関わる人すべてが望むことです。

 この教育活動は何を目指しているのか、いまどのような成果が出ているのか、成果から見て次の学期・学年ではこのように取り組みます。という学校と保護者のキャッチポールをしっかりしましょうというとらえ方で、「社会に開かれた・・」「カリキュラム・・」を今のところ理解しています。

 教員間での意見交換が、保護者との意見交換にしっかりつながっていくようにしたい。

 2日間の校長会に参加してそのようなことを考えていました。