ブログ

PTA活動 できることを、できる時に、できるだけ

隠岐養護学校長

赤山克司
 

 6月14日、浜田養護学校において開催された、島根県知的障がい校PTA連合会役員会と県特別支援学校PTA連合会理事会にPTA副会長と参加しました。
 

県内特別支援学校12校のPTAの方々が集まった特別支援学校PTA理事会での情報交換テーマは三つ。
 「役員の選出のあり方」「PTA活動の参加者を増やす手立て」「保護者同士のつながりを強くする工夫」。
 

 児童生徒数の多い少ない、また児童生徒の出身地の広がりなどにより各学校の事情は異なるのですが、「より多くの保護者に活動に参加して欲しい」という思いは共通していました。
 

 PTAに限らず組織の運営に関わる者としては、組織に加わっている全ての人が、同じ気持ちで活動して欲しい、企画にどんどん参加してもらいたいという希望・期待を持つのは自然なものだと思います。この思いに基づいて、様々な工夫が各学校で行われているはずです。
 

 ただ、この考えの中には、「参加する人」「参加しない人」というように、PTA会員を二つのグループにわけてしまう発想の芽があるように感じています。
 

 「白黒をつける」という二者選択的な議論では、行き詰まることがあり、白と黒の中間、いわゆる灰色の部分があるほうが物事に穏やかに対処できるのではないかと私は考えてしまいます。
 

 近年の隠岐養護学校でのPTA活動を見てみると、PTA総会への参加者よりPTA奉仕活動の方への参加者が多い傾向にあります。PTA奉仕活動はグランドの土が溝に流れ込んだものをすくい上げる活動と、近年では運動会に使う「玉入れ」の玉づくりなのですが、この活動は、やってみてその成果がしっかりわかる、つまり達成感をもちやすいものだと思います。
 

 そこで思うのは、すべて参加してもらえればよいのですが、なかなかそうとは行かないときには、「できることを、できるときに、できるだけしよう」という視点にたってみるのがよいのではないかということです。

  PTAは、児童生徒の教育環境をよりよいものにするためにある組織です。教育環境整備には経費的な面、人手がかかる面、そして保護者が学びあう面など多くの要素があります。
 

 多くの要素があるからこそ、これだけはという選択が必要となってくるはずです。本校では、「PTA奉仕活動」と「隠岐養護まつり」での模擬店の二つをPTAの主要な活動として、参加をお願いしています。

 二つの内、一つの「隠岐養護まつり」での模擬店には、前日準備と当日の運営の二日を要しています。二日は参加できないけど、この時間なら出かけることができるという保護者もおられました。「できることを、できる時に、できるだけ」と考えていったら、参加しやすくなるかもしれません。「できる時に」ご都合をつけていただき、「できること」でお願いできれば助かります。

将来の希望 ~現場実習という経験の蓄積~

隠岐養護学校長

赤山克司

 事件、事故がおこると、「動機」であったり「原因」の解明に力が注がれます。機械であるとか、システムまたは、マニュアルが整備された作業手順であれば、「原因」にたどり着ける可能性は高いように思えます。たどり着いたら対策がとれます。「原因」を明確にするれば、問題への対応は万全に行える。これは確かな考えだと受けとめています。  

 では、「目標」を定めれば進路を実現できるという考え方はどうでしょうか。人によってはそうでねといえると思いますが、現在就職している人で、中・高校時代の思いと現在の職業とが一致する人がどれだけなのかに思いをいたすと、疑問が出てきます。一度、検討してみる必要がある考え方だと私は思います。 

 中学や高校では、「何を学びたいですか」「どんな職業に就きたいですか」「その職業に就くためにはどのような資格・試験を経る必要がありますか」などを教員と生徒は確認し合っていきます。確かに、高校3年間という短い時間で、組織的に指導しようとすると、この手順は、手堅いもののように考えられます。でも、副作用が出る場合があります。  

 ある高校での経験ですが、高校3年生の女子の進路希望における「動物看護師」「トリマー」の割合が高い学年がありました。いろいろな進路学習を積み上げたはずの高校3年生の進路先が、特定の分野に集まっているのは、どうしてだろう?どうやら、中学時代の進路学習に出発点があったようです。  

 中学時代に決めた目標が、それ以降の学習において揺らぎがなかったのですから、確固たる目標といえるのでしょうか。確固たる目標といえるのは、達成のための取組という裏付けが必要になるはずです。ですが、目標に向けて、ほとんど自発的な取組、具体的には体験入学、パンフレットの入手、情報の収集などの取組が、将来を決定するために十分とは言えないレベルで高3を迎えていました。「目標」を決めて、そこで、立ち止まっていたのでした。その状態を「目標」があるとは言えません。決めることの次には行動があって、はじめて「目標」というに値するのです。

 そうだとするならば、「目標」を探すために、自分が行うことができる行動を継続するという考え方が、よいように考え至ります。

  隠岐養護学校でも、「どんな職業につきたいですか」という質問は行ってきています。 高校と違い隠岐養護では「どんな職業につきたい」という質問は現場実習先の選択に直結しています。  

 実習後「この作業は難しかった。でもできそうだ」とか、「昼休みの過ごし方が難しかった。話しかけないと」などの経験値として蓄積され、高3になったときに、「ここで働きたい」という言葉になって現れてきます。きわめて具体的な進路目標です。

 一時の思いでとどめるのではなく、具体的に積み上げていく。「私も働く人になる」ために、今週から現場実習に取り組みます。

    

運動会という「場」

隠岐養護学校長

赤山克司

 かつて西武百貨店の「おいしい生活」とか新潮文庫の「インテリげんちゃんの、夏やすみ」などのコピーを書いていた糸井重里さんが、「ほぼ日刊イトイ新聞」(略称ほぼ日)というHPに、「今日のダーリン」という記事を毎日掲載しています。

 最近の記事の中に「よい組織をつくるには」という内容のものがありました。
※すみません。この記事は自分で記録しておかないと2日後には消えてしまいます。メモを撮り損なってしまいましたので、ぼんやりとした記憶で以下書きます。

 「よい組織」には、「いい人」を集め、「いい場」を作ればいい。そんな内容でした。言われてみれば当たり前です。

 でもその組織にとって「いい人」とはどんな人ですか?という問いかけは、分かりきったものではなく、人によって答えが異なるものだと思います。

 例えば、「仕事ができる人」と答えたとしたら、「仕事ができること」とは、何で判断するのかという、次の問いがうまれてくるように、次々と問い続けていくことになるからです。

 同じように「いい場」とは何かも、なかなか味わい深い問いなのだと考えます。

 そんなことを考えていた週に「なかよし大運動会」が開催されました。

 運動会ですので、50m走や100m走、そしてリレーなどの競技と、見にきていただいた人に、ダンスやちょっとしたコントを披露する企画を内容としています。

 たとえば、100m走。遅くても20秒もあれば終わってしまうのですが、歴然と順位が付きます。「負けるのがいや」だからでないという児童生徒が、今回の参加者の中に何人かいたそうです。その児童生徒が、色々あってスタートラインに立ち、走りきる。それだけで状況を知る人は、「がんばったね」「なにか吹っ切れたね」と感じるものです。そこには、見る人の充実感、そして走った人には達成感という幸福な気持ちが宿ります。

 踊ることも、コントをすることも、そもそも多くの競技に参加できることも、すべてプレッシャーのかかる厳しい場になるものです。

 そのプレッシャーを子どもそれぞれに乗り越えての運動会でした。なぜ乗り越えられるのでしょうか。もっとも基本的なところは「大人は代わってくれない、自分たちの場」だと感じているからなのでしょう。そして、がんばったら「よくやったね」という賞賛を得た経験が蓄積されてきたからでもあるでしょう。

 運動会という「いい場」の中で、こどもたちは、「やるときにはやる」ことを証明してくれました。なんで普段できないのだというのは、大人の都合なのでしょう。こどもたちは、実に的確に「場」を理解し、それにふさわしい行動をとるようです。

 普段できないということは、こどもたちに、実は見切られているせいかもしれません。そう思うと、日々の活動の場である「授業」づくりをもっと「いい場」になるよう見直しをしなくてはならなくなります。

 運動会の勢いを利用して、今週も授業に取り組みましょう。

「こんな学校にしよう」 児童生徒会の目標

隠岐養護学校長

赤山克司

 本校の児童生徒数は16名。本当に少ない人数です。あまりにも目が届くため、よほど気を引き締めていないと、教員が先回りして、本来生徒が行うべきことをとってしまうおそれがあります。

 どのような学校生活を送りたいかを、生徒自身が考え、計画し、行動する。そのための組織が児童生徒会です。

 本校の児童生徒会執行部のこのような仕事をしますと、下のように校内に掲示されています。

執行部の仕事.png 「こんな学校にしよう」目標決めが、1番最初に来ています。さて、どのようにして決めるのでしょうか?

 今年の執行部は、目標を決める際に教員にアンケートをとりました。アンケート項目は「どんな児童生徒になってほしいですか?」などでした。

 児童生徒会長がそのアンケートを集約しました。手書きで丁寧にまとめています。

アンケート.png生徒会目標.png

 集計結果をもとに執行部が決めた目標は

 1 「挨拶」 いつでも、どこでも、誰とでもあいさつ・会話ができるようになろう。

 2 「協力」 友達のことを思い、話しかけたり一緒に行動したりして協力しあおう。

 3 「自分から」 何事にも積極的に取りくもう。

 積極的にということを「自分から」と表現したところがとてもいいですね。積極的ということが、本当によく伝わる言い方です。きっといい活動の起点になってくれるはずです。

 6月1日の「なかよし大運動会」での活動。楽しみです。

 

 

楽しめることの強さ 修学旅行などに寄せて

隠岐養護学校長

赤山克司

 先週、高等部3年生は東京に修学旅行に、小中学部は五箇に一部徒歩を取り入れた遠足を行いました。

 今回二つの行事を行う前にいろいろな心配事がありました。児童生徒本人が自覚している不安と教員側が感じている不安の二種類があったのですが、具体的にいくつか挙げると次のようなものでした。

 長い距離あるけるのだろうか。狭い機内に我慢できるのだろうか(満員電車の中も)。そもそも楽しめるのだろうか。

 例えば、以前「遠足」という行事にはじめて参加した児童は、「いやだ」と拒否する行動をとっていたのですが、前年までに経験をしたことで登校時から「遠足」を楽しみにし、遊具があればすぐに利用しに行き、お弁当をおいしそうに食べていました。楽しかった経験が、行動を積極的にくれたものと考えています。

 高等部生が初めて飛行機に乗った時の写真を見ると、笑顔。引率の先生の言葉がけもあったのでしょうが、東京に行けるという楽しみが不安より勝ったのだと受け取っています。

 そして、3日で4万歩歩ききった生徒を見ても、楽みが人に与える力を強く感じました。

 生徒がワクワクするような体験を通じて、苦手意識を弱めていくことの大切さを改めて学ばせてもらった二つの行事でした。

 そういえば、先々週 県の新田教育長が本校を訪問されたとき、高等部1年生の、自分の楽しみを同級生や先生に伝えるという授業をみていただきました。その中で「釣り」について語った生徒は、教育長が入室しても話のペースを落とすことなく、言葉をつくして、「釣りの楽しさ」を伝えようとしていました。授業後先生に聞いたところ、その生徒は20分にわたり話をしてくれたそうです。

 人前で語ることは、難しいこととされますが、自分が普段楽しく取り組んでいること、楽しいから常に工夫し、改良している取組の蓄積があれば、話し方の問題は置いておいて、十分に語ることがでることを、証明してくれました。

 楽しみを起点として、前向きな学習・生活を実現していく。その学習が楽しみを広げてくれるという良い循環は校内のあちこちにあるはずです。それを見つけて、どんどん発信していきます。楽しみにしていただければと思います。

 

引き受ける強さ

隠岐養護学校長

赤山克司

5月10日 児童生徒総会が行われました。総会で挨拶を務める高等部2年生の会長は、前々日急に体調を崩していました。

病院で色々検査をしてもらうような状態でしたので、周囲の者はしばらく休んだほうがよいのではと考えていました。

児童生徒総会の前日、児童生徒会執行部の面々は、「自分たちがやっておくから大丈夫」と語りかけ、当の会長は「自分がいく」と答えたようです。

人前で挨拶したり、会計上の説明をしたりすることがこれまでなかったと思われる生徒たちが、それぞれ児童生徒会の仕事を、自分のこととして「引き受けている」ことが、よく伝わってきました。

この話から「チームワーク」であるとか、「責任感」であると、いろいろ言葉が湧いてきましたが、私は「成長」という言葉が適切かなと考えていました。

4月に発行した学校新聞で、成長には「矢面」に立つ必要があると書いたわけですが、生徒たちの方が先をいっていました。教員に言われなくても、自分で役割を引き受けたからです。立たされるのではなく自ら立ったのです。感じ入りました。

そういえば、5月11日に行なわれた「しげさパレード」でも、中学部3年生が学校のチームの先頭の位置で照れることなく、真剣に45分間踊り続けていました。彼も「しげさ踊り」の場に、自分で立ち、やりきっていました。

この勢いで6月1日の「なかよし大運動会」をやりきって欲しいと期待しています。

「桜まつり」と「ここにいる」ということ

隠岐養護学校長

赤山克司
 

 今年の三月末は、冷え込む込む日々が度々訪れ、そのおかげか4月9日の入学式まで桜の花がもってくれました。桜の花を見上げることができる日に新入生を迎えることができたことは、大変うれしいことでした。

 4月13日、田植えや餅つきなどで大変お世話になっているMさんが中心となって企画された地域のイベント「桜まつり」にでかけました。

 11時から始まるイベントで、小学生が受付をし、地域の方々がおでんや焼き鳥などを準備されていました。Mさんへのご挨拶と考えてでかけたのですが、女性二人のコンサートや、地域の方々のカラオケを聞いている内に、すっかり椅子に根が生えてしまいました。

 「桜まつり」当日も、入学式と同様快晴。少々日陰にあるソメイヨシノは、重たく感じるほどの花をつけていました。その花の下で、子どもたちは走り回り、地域の方々は日本酒を酌み交わし、相撲の土俵をステージとして、カラオケが次々流れている。

 そんな地域の方々の中にいることで、ただただ「いいなぁ」と感じていました。

 「幸福感」と言い換えてもいいと思うのですが、本当に肩の力が抜けた状態で、人々の姿をみたり、歌を聴いたり、そして桜の花が風に舞うのをきれいだなと見ていました。

 森下典子さんが自身のお茶を習う日々を書いた「日日是好日」という本に、「ちゃんと、ここにいなさい」というお茶の先生の言葉が書かれています。

 心配事をかかえてお茶の練習にでかけた森下さんに、先生がかけた一言です。お茶をしているときは、お茶に集中すること。そういう意味の一言で、この言葉を、私はときどき思い起こしています。

 油断していると、目の前のことから気持ちが離れ、「あの時、ああしていれば」とか「もし、自分に〇〇があれば」とかの空想の世界に逃げ込んでしまうことがあるからです。高校生のような若さがあるのであれば、それも何かの力になるかもしれません。しかし、年を重ねてくると、やはり目の前のことを、しっかり丁寧に接していくことこそ、大切であると思い至りました。でも、時々気持ちが目の前から離れることがあります。ですから、「ここにいなさい」です。

 学校の教員には、転勤があります。外で人に会うことが好きな人もいれば、そうでない人もいます。その人その人の生活の仕方があることを理解した上で、今この場にいて、できる楽しいことは何かなと考えてもらったほうが、「いいなぁ」と自分で感じられるようになるのでは。そう思っています。

 そういえば、「桜まつり」に11時過ぎに出かけたとき、今年転勤してきた先生の一家が、地域の方々の席に座り、気持ちよさそうにしていました。

 私の年齢の半分ぐらいの先生なのですが、自分が遠回りしたところに、もういるのだなと思うと、頼もしいなぁ、うらやましいぁと感じ、そしてうれしくなっていました。

 「ここにいる」ことで、得られる幸福感がある。これからもこの思いを大切にしていきたいと思っています。

2019年度 めざすもの2 集団としての学び

2019年度 隠岐養護学校がめざしていることを五つにまとめました。そのことについてPTA総会での説明原稿をもとにアップします。

方針2 児童生徒が主体となる異年齢活動を積極的に展開し、集団としての学びを充実させる。

 方針1は一人一人への対応をしめしたものでした。

 人が成長するために、自分だけでがんばって成長することはないですよね。人との関わり、集団の中で活動することが必要です。集団の中にいることで、教員の働きかけだけでは得られないような力が身につきます。

 子どもどうしの集団で身につく力というと耳あたりがいいのですが、集団とよべる子どもどうしの関係性をつくっていくことが、本校の苦心しているところです。一緒に活動できる場をつくり、関わりができるような活動を工夫しています。ですが、すぐにともに活動とはなりません。

 ここにお集まりの皆さんがお一人お一人異なっているように、子どもも一人一人異なります。自分とは違う話し方、感情の表し方をします。自分にとって心地よいこと、苦手なことがきっとあるはずです。

 そんな違いのある子どもたちが同じ場にいて、あるときはばらばらであったけれど、あるときは一緒に行動できた。ともだちの行動を見て、自分の行動を決めることができたなどの相互の学びが生まれます。

 そのような相互の学びの時間が長くなるよう、小学部は12年間、高等部では3年間をかけて取り組みます。これは、息の長い活動ですが、高等部卒業後を見越した時に、きわめて大切な取り組みであると私たちは考えています。

 集団をつくるといろいろあります。気になることもでてきます。その際、いろいろな人がいる集団の中でしか、身につかない大切なものがあるという点をふまえていただき、ともに子どもの成長をさせていきたい。そのように期待しています

2019年度 めざすもの1 教育課程、行事 達成感

2019年度 隠岐養護学校がめざしていることを五つにまとめました。そのことについてPTA総会での説明原稿をもとにアップします。

方針1 児童生徒の一人一人の教育的ニーズに即した教育課程を編成、実践する。実践にあたっては行事との相乗効果を図り、達成感の獲得をめざす。

 本校で学ぶ児童生徒は、一人一人、身体の状態も、人との関わり方も、興味があることも異なります。物事を理解するために、声を頼りに理解する場合もありますし、音より目で見るがわかりやすいという場合もあります。

 そのような異なりに対応した取組、必要な取組を教育的ニーズ、必要性と表現しています。

 方針1は一人一人に応じた教育的な関わり方をしましょうということです。そのため、小中学校と異なり、多くの教員数が国の基準に基づき県が配置してくれています。

 隠岐養護学校での教育活動ではまず教室での授業をイメージされると思いますが、教室で身につく力をもとにして、人の前で活動する運動会や発表会などで身につく力もあります。

 教員の働き方改革ということで、行事の精選という意見も県内ではありますが、本校では行事の内容を通常の授業と関係づけることで簡素化し、人前に立つ緊張感、それを克服した時に得る達成感が成長に大きく寄与するという観点から大切にしていく方針です。 それを表現したものが、方針の1です。

2019年度 めざすもの4・5 センター的機能 広報

2019年度 隠岐養護学校がめざしていることを五つにまとめました。そのことについてPTA総会での説明原稿をもとにアップします。

方針4 地域における特別支援教育のセンター的機能の充実を図る。

 本校は、保育園、小中高校からの相談をうけ、また出かけています。各保育園・学校では、もっとよい関わりをしたいのだけれど、どうしたらよいのだろうかという思いをもっておられます。センター的機能とは、そのような思いの相談場所になりますよということです。

 国・県は、そのような活動をするために教員を加配してくれています。

 ですので、郡内の求めに応じて、出かけていったり、来てもらったりしています。 その数をまとめたのがこの表です。

center.png

 保育園~高校にでかけた数が160、療育が46 足して206。  昨年度、授業を行った日数が200日程度ですので、ざっくと毎日なんらかの取り組みを校外及び校内で行っていることになります。

 これは、島前も含んでのことですので、労力としては大変です。でもその成果は、確実にあらわれてきているのですが、先ほど国・県が配置してくれたプラスの人数では限界に達しています。

 ですので、今年県立大学の特別支援教育の助教授と隠岐の島町内の小中を結んでの研修事業ができるよう働きかけを行い、実現の目処が立ちました。これによりセンター的な機能を一つ導入できたものと喜んでいるところです。

 方針5 機会をとらえ、特別支援教育に対する地域の理解を進める。

 最後に、本校は色々やってはいるのですが、あまりその活動を知られていない。それが現実であると受け止めています。ですので、方針5です。

 本校はこれまでも丁寧に学校新聞、クラスだよりを出してきていますが、外に発信することを目的に一昨年度からHPによる情報発信に取り組んでいます。検索画面に隠岐養護と入れていただくと出てきます。

 基本的に週5回は更新することを目指していますので、どうかご覧ください。