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40周年記念式典 式辞

四十周年式典式辞

 本日島根県立隠岐養護学校の創立四十周年記念式典を開催するにあたり、隠岐の島町長 池田高世偉様をはじめ、隠岐郡各町村、福祉サービス事業所及び本校児童生徒の活動にご支援をいただいております多くの皆様方のご臨席を賜りましたことに対し、まずお礼申し上げます。ありがとうございます。

 さて、現在、障がいのあるものとないものがともに学ぶインクルーシブ教育が提唱され、本校も相談支援活動などを通じて、体制の構築に取り組んできております。

 本日四十周年を迎えるに当たり、「ともに学ぶ」こと、さらには「ともに生活し働くこと」を実現するためにこの隠岐の地でどのような取組がなされたのかをふり返るとともに、今後本校が果たすべき役割について述べたと考えます。

 なお、現在定着しております支援学級という言葉を用います。ご了解をお願いいたします。

 本校が創設される以前、障がいがある子どもの教育は、小中学校の支援学級で行われていましたが、法令により、学級に通えない子どもの就学は猶予されており、学びの機会が完全には保障されてはおりませんでした。

 昭和四六年、現在隠岐病院が建っております場所に、障がいがある子どもの生活の場として「杉の子学園」が作られました。

 隠岐各地より三十名の子どもたちがこの地に集まり、通学ができる子どもは、西郷小学校・中学校の支援学級で学びはじめました。当時の統計をみますと、杉の子学園開園前、西郷小学校の支援学級児童数十二名が、開園の年には二十二名となっています。多くの児童生徒の教育に当られた当時の先生方の苦心は大変なものであったと推測いたします。ただ、その学級には重度障がいの児童生徒の姿はありませんでした。学園に留まらざるを得なかったのです。加えて在宅の子どもが存在したことを忘れてはなりません。

 この状況を打開するため、昭和四九年学園内に「ひまわり学級」を開設するなど地道な取組がなされている中で、障がいがある児童生徒の就学義務が始まる五四年度が近づきました。「隠岐の子は隠岐で育てる」という言葉のもと養護学校設置の働きかけが県教育委員会及び県知事になされ、その熱意により、松江養護学校の分校であった当初の計画が変更され、隠岐養護学校として創設されるに至りました。本式典にあたり、本校の創設にご尽力いただきました方々に深い感謝を申し上げます。

 さて、本校の開校は大きな一歩でありましたが、中学部を卒業した生徒の学びの場、生活の場・働く場の確保等が次なる課題として立ち現れました。

 課題解決に向け、昭和五五年仁万の里が作られました。その後平成二年に「みんなの作業所」、平成一八年に「あじさい」が立ち上げられ、本校卒業生の生活の場、働く場が拡充されました。平成八年度に開設された高等部卒業生は、それぞれの事業所と連携することで、「隠岐で働く、生活する」基盤を得ることができました。この地に存在していなかった施設を立ち上げ、そして発展に力を注いでこられました方々に改めて敬意を表したいと存じます。

 福祉就労の場の確保が進む一方、企業での就労を期待する保護者生徒の希望が高まって参りました。本校は地域のご理解を得て、高等部開設当初より年間五週間の現場実習を行い就労の場の拡大に努めて参りました。平成二三年度県の事業で配置された就労支援コーディネーターの地道な取組により就労の場が一つ、また一つ開拓され、それを契機として、現在、県内でも高い一般就労率を実現するに至っております。

 この流れは、本校卒業生に就職促進事業補助金の適応をいただきました隠岐の島町、就労のためグループホームなどの手配をいただきました海士町など各町村、及びハローワーク・太陽の皆様のお力でより確実なものとなりつつあります。重ねて感謝申し上げます。 卒業後の生活・就労の場の確保とともに、現在本校は、各町村と手を携えて、特に保育園段階での相談支援に力を注いでおります。早期の気づき、そして療育により、保育所での活動が円滑になり、保護者の不安を薄めることができつつあります。その取組を小学校へ、小学校の取組を中学校、高校へとつなげていければ、今以上に生徒の学びが保障されるに違いない。そう確信をしております。   その際、一つのハードルがあるように平素感じております。それは、保護者をはじめとする関係者の理解であります。

 本校ができて四〇年経過しておりますが、前半で申し上げましたように障がいがあることで学べない時期、就労先が確保できなかった時期がありました。過去の記憶は、様々な形で人々の判断に枠を作っています。

 鳥取大学で特別支援教育を担当されている三木教授は、障がいがある子どもの保護者に必要なものは、「この子はなんとかなるかもしれない」という希望であると言われています。

 現在取り組んでおります保育所などへの相談活動、小中学校及び隠岐高校、隠岐水産高校等との交流学習、関係機関と力を合わせて実現している就労先の確保と継続への取り組み。これらが保護者をはじめとする地域の方々の「希望」となることを切に願いながら本校は取り組んでおります。そして、「希望」という光が一人また一人と伝えられていくことで、障がいの理解に対するハードルが低くなっていくことを信じ、これからも歩みを進めてまいります。

 変わらぬご支援をお願いいたしまして式辞といたします。      

 令和元年十一月十六日             

 島根県立隠岐養護学校長                    

 赤山  克司

福祉フォーラム イン 隠岐 「他人の目の中」

隠岐養護学校長

赤山克司

 10月27日 本校と4つの福祉サービス事業所、社会福祉協議会、町福祉課が実行委員会を組織して、「福祉フォーラム イン 隠岐」を開催しました。

 島根総合福祉専門学校校長 堅田知佐 氏に「障がいがある人もない人も共に住みやすい隠岐の島町を目指して」をテーマに講演をしていただきました。

 内容は、福祉という言葉の意味から説き起こされ、福祉6法に即した福祉行政の限界と現在必要な取組など多岐にわたりましたが、私が印象に残ったことを一つ紹介いたします。

 ノーマライゼーションという考えを提唱されたジョン・オブライエンの言葉だそうです。便宜上(a)(b)(c)と三つに区切ってありますが、もともと一つの文です。

 (a)「価値を低められている状況」は、「他人の目の中」から始まるが、

  (b) しかし、社会的期待度は、障がいをもった人たちが自分自身の価値を低め、それに応じた行動をする原因とな   

    りうる。

  (c) そして障がいをもった人たちが自分自身を見下し「障害を持ったような行動」をするようになったとき、悪循 

    環は完成する。

 人を低く見るのは、文字通り「見る人の側の考え」による、というのが(a)

 低く見られる状態が続くと、「どうせ自分は」と人の見方に合わせてしまう、というのが(b)

 そうすると、「見る人の側の考え」がどんどん厳しくなる悪循環が生まれるというのが (c)

 社会的に苦しい状態にある人の状況がいかに生まれて、固定されるかを簡明に示して文だと私は考えます。

 周囲の視線から問題が始まっており、当事者からではないという点を、しっかり押さえておくと、マスコミで報道される社会的弱者に関する問題を読み誤ることがないのではないか。

 それを意識できない人が、安易に人のせいにするときに発するのが「自己責任」。

 「自己責任」という言葉で、人と人とのつながりを切らないよう、肝に銘じようとおもった講演でした。

 

つながる〜アルケミストへのおもてなし〜

10月18日に隠岐養護学校HPの「お知らせ」にアップしました「アルケミストコンサートお迎え 案内」をお読みいただけましたでしょうか。本校高等部生徒がアルケミストを壇鏡の滝・那久岬など隠岐の島町の名所へと案内したことを紹介したものです。

昨日その記事を書きながら、ものごとはつながっていくものだなぁと言う感慨をもちました。この感慨は、アップルの創始者ジョブズがスタンフォード大学で行ったスピーチの一節と符合したものでした。少々長いですが引用してみます。

「点と点を将来に向けてつなげることはできない。できるのは過去を振りかえってつなげることだけだ。だから今はただの点であっても、将来は何らかの形でつながっていくと信じなければならない」松原耕三「内なる声」より抜粋

今回アルケミストを案内した高等部4名は、昨年度「おもてなしをしよう」「隠岐島じまんをしよう」の二つの活動を積み重ねてきました。「おもてなし」の授業では町内の保育所の園児を学校に招いて、自分たちが企画した遊びで楽しんでもらうという活動を行いました。

「隠岐島じまんをしよう」では、島後、島前それぞれの見所を調べ、そこに出向くためにの交通手段と時間、昼食場所の予約などを自分たちで行って出かけています。

この二つの活動を行っていた隠岐養護学校に、昨年秋、「遠隔社会見学」の打診がありました。最初は、全国の特別支援学校に隠岐の魅力を発信するので、隠岐養護学校も参加されませんかという提案でしたが、高等部の生徒が「隠岐島じまんをしよう」という活動をしていることに先方が興味をもたれ 、最終的に隠岐養護学校の生徒が全国の支援学校に向けて隠岐の魅力を発信するという内容が「遠隔社会見学」に加えられることになりました。点が一つつながりました。

「遠隔社会見学」が実施されたのは10月8日。その時の経験を生かして、生徒たちは、10月17日のアルケミストをお迎えし、案 内する準備に向かっていきました。経験が重なり、初対面の人に対しても躊躇せず説明ができる姿を見ることができました。また点がつながったわけです。

いったんつながりはじめた点です。次はどんなつながりを生み出すのでしょう。楽しみでしょうがありません

学校ブログ 就学相談会

隠岐養護学校

赤山克司

9月30日から10月4日の間に就学相談会を実施しました。

就学相談会.jpg

 就学相談会とは、高等部への入学を検討している生徒、保護者、担任の先生にお越しいただいて、それぞれに特別支援学校の高等部の教育活動について理解をしているか、理解してた上で志望しているか、現時点での将来の進路希望等をお聞きする場です。

 高校への進路選択については12月頃より、三者面談などで確認されますので、2ヶ月近く早い時点で、進路についての考えを聞くこととなります。

 進学であったり、就職であったり、よく考えなくてはならない決断の機会があります。時間をかけることも必要ですが、大切なのは、現場にでかけ話を聞いたり、体験することだと考えています。腕を組んでいるだけはよい決断はできません。人に相談することも有効な方法ですが、自分の目、自分の耳で聞いたことをもとに相談すると、納得の度合いが高くなるはずです。

 現時点で迷っているという生徒もいましたが、それは当然だと受け止めています。悩んで、その悩みをどう解決するのか、生徒のだけでなく周囲の大人の関わりも問われるところです。

 「自分が選んだ」この点がしっかりした生徒は、選択先で少々のことが起きても動じない傾向にあります。

 高等部入試は2月。しっかり行動しながら決断をしてほしいものです。

 

 

校内掲示2件

養護学校には、児童生徒が作成した作品や学習発表がそこかしこに掲示されています。

今回は、そのうちから2件。

小学部の前には、「おつきみ」と題した作品が掲示されています。

月見.jpg同じ素材ですが、やはりそれぞれ異なってます。面白みがありますね。

高等部の教室近くには、児童生徒会の9・10月の目標が掲げられています。

目標.png

「自分から」というのが、年間目標ですので、それをもとに考えられたものです。

現場実習で生かされていたかを10月7日の現場実習報告会で聞いてみましょう。

フットサル大会を振り返って

隠岐養護学校長

赤山克司

 9月12・13日 出雲市の浜山運動公園で行われた特別支援学校総合体育大会フットサル大会に参加しました。

 本年度、隠岐養護学校からフットサルに参加できる生徒が6名と少なかったため、参加校の同意を得て、5人での競技でとしていただきました。そのおかげで、途中で選手交代が可能になり、また、けがなどで1名参加できなくなっても、競技がつづけられるようになりました。

 予選リーグ2試合、準決・決勝 計4試合を行いましたので、生徒に疲れがたまっていることはみてとれました。そんな中、最後の試合においてもボールに向かっていく姿勢は崩れませんでした。特に決勝戦では、女子生徒2名でゴール前を守る場面が続きましたが、相手の男子生徒がもつボールを果敢に奪いに向かっていました。

 普段の練習や隠岐高校にお世話になった練習試合の経験の蓄積を土台として、生徒どおしの声かけにより、今自分がやるべきことが確認できていたことが大きかったと思います。

 疲れがたまったとき、早く終わってほしいなど、試合から気持ちが離れる場合があります。場合によっては、味方の失敗に腹を立ててしまうこともあります。

 それを防止してくれる効果が声がけにはありました。「もう少し前に」「○番に付いて」などの声がけにより、何をするとよいのかが明確になり、そこを頑張ろうとする気持ちを引き出してくれます。

 疲れたときに声を出す人がいて、その声がけに応じて動こうとする人がいる。そのことを4試合続けました。ゴールをしてともに喜び、入れられてもすぐ切り替えて仕切り直し。実践をとおして、個としても、チームとしても何か手応えを掴んだ気配がしました。Nice Game!。

 高等部の部活動は、11月10日の駅伝大会に備えた練習に変わります。異なった競技で培った気力・体力で来年のフットサル大会に向かいます。

言葉を消化するということ 

隠岐養護学校長

赤山克司

 たとえば、どんな人が好きですかという質問に対して「やさしい人」という答は多いのではないでしょうか。

 では、「やさしい人」とはどんな人ですかと、どんどん尋ねていくと、十人十色の思いが出てきそうです。

 日頃顔を合わせている人どおしであれば、なんとなく通じることはありますし、それでよいことがほとんどだと思います。

 さて、今学校は「社会に開かれた教育課程」を作り、「カリキュラムマネジメント」を進めて、「主体的、対話的 で 深い学び」を実現することを文部科学省より求められています。

 ここ3年間の研修は、上記が中心でした。それぞれの意味するところはどのようなことなのか、具体的にはこんな学習活動があります・・・・

 論理的に説明されますので、その時にはわかりかけた思いをもつのですが、いざ学校で実践のために説明を進めていこうとすると、やたら言葉が多くなり、つたわっていないなぁという雰囲気を強く感じます。

 やはり、自分が現時点で理解していることを、できるだけ伝わる言葉に置き換えていくことが、話す自分も、そして聞いている人にも必要なのでしょう。言葉をかえれば、自分なりに消化しましょうということです。

 特別支援学校の教育は個々に応じた「自立と社会参加」を実現することを目的としています。

 これは、保護者をはじめ、関わる人すべてが望むことです。

 この教育活動は何を目指しているのか、いまどのような成果が出ているのか、成果から見て次の学期・学年ではこのように取り組みます。という学校と保護者のキャッチポールをしっかりしましょうというとらえ方で、「社会に開かれた・・」「カリキュラム・・」を今のところ理解しています。

 教員間での意見交換が、保護者との意見交換にしっかりつながっていくようにしたい。

 2日間の校長会に参加してそのようなことを考えていました。

 

ブログ 「ぜんぶ」 隠岐島合唱祭によせて1

隠岐養護学校長

赤山克司

 8月31日 隠岐島文化会館において、隠岐島合唱祭が行われました。  

 小学生の混成合唱、成年の混声合唱、そしてグリークラブの三団体による合唱と、出雲フィルハーモニー楽団員による弦楽四重奏、さらにこのステージのために応募した参加者も加わった合唱でしめくくる2時間半のステージでした。  

 混声合唱団「おきうた」の歌われた最後の曲が「ぜんぶ」でした。  

 画家さくらももこさんが作られた詩が、しみじみよかった。  

 出だしのところを記すと、      

 大切なことは   

 ぜんぶここにある   

 泣くこと 笑うこと   

 怒ること 喜ぶこと   

 あたりまえの気持ちは   

 あたりまえのものとして   

 そのまま 今ここにある

 どのような思いをもってさくらさんが書かれたのかは、定かではありません。    

 が、「大切なことは ぜんぶここにある」と思いながら、丁寧に暮らす。それが自分自身にとって本当にいいのだろうな。相手にもいいのだろうなと確信めいたものが、曲を聴きながら私の中に生まれました。

 それは、気持ちがよいほどの幸せ感を伴った時間でした。

 いい時間をありがとうございました。

2学期始業式 あいさつ

隠岐養護学校長

赤山克司

 おはようございます。

 みんなの元気な顔を見ることができて大変うれしいですね。

 2学期には、隠岐養護まつり、みんなでつくる発表会など、大きな行事があります。加えて9月24日からは現場実習もあります。

 生徒どうしで話し合って、何をするかを決めたり、職場の人に挨拶したり、わからないことを聞く機会がたくさんあります。

 そんなとき、二つのことを気にしてもらえればと思います。

 一つは「自分から 意見をだす」「自分から挨拶する」「自分から質問する」のように「自分から」ということです。待たずに自分から動いてください。

 もう一つは「丁寧に話す」と言うことです。「〇〇さん」などと話しかけるといいですね。

 丁寧に話すことで、意見がとおりやすくなったり、人との関係がよくなったりすることが多いものです。

呼び捨てではなくて、「〇〇さん」にしましょう。 「やれ」より、「一緒にしよう」のように力を合わせてという言い方がいいですね。

 話し方は、毎日の繰り返しで身につくものです。

 いろいろな行事そして実習をいいものにするためにも、「自分から」ということと「丁寧に話すこと」に気を付けてみましょう。

 さて、体育館をみて何か変わったことはありませんか。 電灯がLEDにかわっていますね。また、あちこちにあったボールなどがなくなっています。

 夏休みの間に工事をしてもらいました。せっかくきれいになりましので、ボールなどを丁寧に扱って、引っかからないようにしてください。

 では、「自分から」「丁寧な言葉遣い」を意識してよい2学期にしましょう。

進路研修会2 メッキがはがれた時のよりどころ

隠岐養護学校長

赤山克司

 進路研修会では、「学校時代にできたけど、社会でできないこと」逆に「学校時代にできなかったけど、、社会でできること」の両方があり、それをどう捉えるかという問題提起がありました。

 学校では生徒に向かって「学校でできないことは、社会でもできない」という立ち位置で臨み、学校でできるだけ多くのことができるようにしたいと考えます。

 しかし、気持ちが切り替えられたり、社会で力を発揮できる素地があれば、「できなかったことが、できる」こともある。その事実をもとに平崎さんが言われたのは、

 学校でしかできないこと、社会人では経験できないことをしっかり積み重ねる大切だということでした。具体的には、学校行事を楽しむことや、個別学習を深めること、生徒を丸ごと理解し受け止める人間関係等などです。

 学校でしかできないことをしっかり楽しむことで、生徒自身が「自分の好きなこと、得意なこと、強み」に気づき、社会で困ったなという状況を切り開くときに役立つ。そのように説明は続きました。

 平崎さんは、高等部3年間でつけた力は「メッキ」かもしれず、はがれた時にどう対応するかを想定しておくことが大切で、対処する際には、自分ができることできないことを正確に知っておくことが有効になると言われました。

 学校で「自分ができること、できないこと」をどのように意識させているのでしょうか。平崎さんも言っておられましたが、学校ではどうしても「できないこと」に目が向けられがちです。「できること」言い換えれば、「好きなこと、得意なこと、強み」を果たして、生徒自身が把握できるような学習活動なり、言葉がけが行われているかという内省が必要となる部分でした。

 現在隠岐養護学校では、児童生徒が行事の運営を率先して担っている印象があります。この行事で自分の役割は何であり、どうしたらその役割を果たすことができるのかを考える機会が比較的多くあります。ぞれぞれの役割をどう果たすのかを考えることは、言葉を換えると「どういう自分になりたいのか」を考えることにつながるはずです。

 進路研修会は、本校での活動を見直す視点と、背中を押してもらえた部分の両面を与えていただきました。「強み」に着目した学習評価の視点をどう定着させていくか、試行錯誤していきたいと思います。